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Author:舞村そうじ/RIMLAND
 創作同人サークル「RIMLAND」の
 活動報告を兼ねつつ、物語とは何か・
 どんなメカニズムが物語を駆動し心を
 うごかすのか、日々考察する予定。

【最近の動向】
8月東京ティアで新刊。

WebまんがSide-B遅々として更新中。

note絵更新。(16.05.26)

旧サイトは2014年8月で終了しました(お運びいただき感謝)。再編集して、こちらの新サイトに少しずつ繰り入れますが、正直、時間はかかると思います。

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日記更新。東北旅行はエクストリームでした。こちらから(18.09.16)


電書へのリンク
BOOKWALKERで頒布中の電書「収容所の小さな貴婦人」一冊売上ごとに、著者の取り分にあたる50円を、2018年7月の豪雨災害にともなう被災者支援の義援金として寄付します。日本赤十字社の義援金の〆となる2018年12月に取りまとめ・会計報告する予定です。
御礼8/19開催のコミティア125」参加・運営の皆様おつかれさまでした+RIMにお運びいただいたかた・かまってくださったかた・食べ物を恵んでくださったかた、ありがとうございました。
新刊フューチャーデイズ5(7)通販取扱、はじめました。下の画像か、こちらから。

(2018.8.21)
2月コミティア新刊『世界で一番長い名前の』と、11月の前刊『行ってみようか台北に。』と合わせ、可及的すみやかに通販の御案内もする予定…と御挨拶してから三週間…すみません、まんが描いてました。
コミティアで目を回してる間にネットを席巻していたハッシュタグ「#魔女集会で会いましょう」遅ればせに概要を把握した(間違ってるかも知れません)とたんに24ページくらいの「今を逃したら描けない気がする」作品が降りてきて…描いてみたら24どころか52ページでした(バカなの?)
『百年の眠り』←ここか↓画像クリックで開きます

復讐心に苛まれる魔女ラナと、彼女が拾い育て上げた若者カイ・復讐のターゲットとなる姫君リナ、そして王や魔女たちの、すれ違い、届かない愛の物語。一気呵成に描き上げた(ラフですみません)生まれたての新作です。お楽しみください。

本と小麦粉〜18きっぷ東北旅行2018夏(2018.9.16)

 18きっぷと言えば普通列車の長旅である。本を読む時間は売るほどある
 そこで先述した今回の旅行の目標ふたつ(+1「時間をたっぷりかけ、お金も惜しまない」)「復興商店街を可能な限り回る」に加えての目標その2は「可能な限り本屋に入り、入ったら何かしら買う」でした。

 さしあたり、最初から持参したのは三冊。学生時代以来の再読になる丸山真男日本の思想』、先日の日記で書いたケン・リュウ紙の動物園』そして実家で埋もれていたアーシュラ・K・ル=グウィン風の十二方位』。
 これが。
 初日に石巻の宿に入った時点で、もう本が二冊ふえてます

 一冊は同人誌、いわゆる「薄い本」ですが。乗り継ぎの仙台で、アイス大福の喜久福・白身魚のかまぼこをアメリカンドッグ風に衣で包んだひょうたん揚げ・カリッと焼けた皮の下はフワトロのチーズタルトなど買い食いしたのですが、仙台には同人誌専門書店もあったなあと
 もう一冊はアナキズム系(?)の期間誌。自分の知るところ、もっぱらジュンク堂にしか置いてないので(神保町の大手書店とかでは未確認)東北本線で買える北限は郡山になるかと思います。
 
 『風の十二方位』ラスト収録の短篇が『所有せざる人々』のスピンオフ=アナキストの話だったので、本どうしで呼び合ったのかも知れません。今回の旅には持参しなかったけど『所有せざる人々』も、そのうち再読したいと思ってます。

 わりとどうでもいい報告ですが、気仙沼では本を買いそびれました。先に書いた「内陸側」に、震災で被災後こちらに移ってきた元・海際の書店と、それからイオンのショッピングセンター内に未来屋書店が。思えば石巻でも(駅の反対側で少し歩くとツタヤがある)、名取でも(未確認ですが、やはりイオンがあったので書店もあったはず)。
 そのかわり陸前高田大船渡でミッションを果たしたので、また本が増えました

 バカなの?じゃない。こういう旅行なのだ。どうせなら、この旅先でと買わずに待ってた本もあって、きわめて評判の高かった国産ファンタジイ高田大介図書館の魔女』(文庫4巻)は、そのひとつ。これについては後日じっくり書きます
   
 ゆうきまさみ新九郎、奔る!(1)』は、バンパイアと戦後昭和をマッシュアップした野心作『白暮のクロニクル』(完結)に次ぐ新作。戦国大名の草分け・北条早雲をたぶん斬新な視点で描く…たぶんというのは当方、この時代のことはサッパリ(大河ドラマとか無縁だから…)。とはいえ、この作家特有の、バンパイアものでもエイリアンSF・ロボットものでも端々に見えた、老獪なやりとり・権謀術数が格好の舞台を得た感じで、すこぶる面白いです。

 今回の旅行の最終目的地は青森。本州の北限です。
 気仙沼からまた東北本線に戻り、さらに北へ向かうにせよ、南下して仙台に戻るにせよ、ハブとなる一ノ関駅。東北新幹線が停まるようになり、駅舎が増築されてから初めての再訪かも知れない。「ここで良かったっけ?」「自分が一ノ関だと思ってたの、勘違いで別の駅だった?」狼狽して改札を出ると、いつものパン屋があって大丈夫、いつもの一ノ関でした
 二つ先の平泉駅≒中尊寺金色堂が世界遺産になった記念で売り出してる「黄金のクリームあんパン」。名前の由来・トップに貼られた金箔は正直どうでもいいんですがたっぷりの生クリーム+あん+パンがデニッシュ生地という、ハイカロリーな名作で、一ノ関駅は待ち合わせ時間も長くなりがちだし、改札を自由に出入りできる18きっぱーにはガチおすすめです。

 そして盛岡に向かう東北本線を西に離脱・秋田に向かうポイントとなる北上(きたかみ)駅。こちらには後述する(見た目)すごい本屋があるのですが、往路は冷麺。盛岡冷麺をいただきました。うまい

 かように本も順調に消化して、青森に着いたのですが…青森で予想外の事態が起きる

 わずか2時間足らずの出来事であった
 青森駅から徒歩圏内に4件の古本屋(+もう少し歩いたところにブックオフ)があるのですが、1軒は改装中・1軒は買い取り客の応対中・1軒はスケジュールの都合で断念して、残りの1軒。ちょっと聞いてほしい。青森には、すごい古本屋がある

 その名は「らせん堂」。どうすごいか。まず店内に(店の外に本棚とかはない)目利きされてない本がないのだ。
 古本屋が好きなひとは思い出してほしい。街の古本屋。神保町の専門書店でもないかぎり(いや、そういう所でも時に)特価のいわば投げ売り本があるはずだ。店の前の本棚に並んだ1冊100円や200円の、玉石混交の文庫や新書。かつてのベストセラー。タレントのエッセイ。健康法。店によってはエロ本のたぐいを乱雑に積み上げてるところもある。そういうのを否定はしない。その中にお目当ての本だって、ないわけではない。
 しかし、その店には、ないのだ。店主が売りたい本しかない。生計のため半ば仕方なく置く本がなくても、やっていける本屋がある。このメッセージは強力だ。…もしかしたら店は趣味で他に生計の手段があるのかも知れない。でも店として採算が取れてる可能性は低くないと思う。なぜなら僕のように、一日で5千円使ってしまう客がいるから
 実際「この目利きは」と唸らされる古書店だったのだ。寺山修司、久生十蘭、クラフト・エヴィング商會。ルイス・トマス、晶文社、サンリオSF文庫。自分は見逃したけど『ゴーメンガースト』が文庫で揃っていた。
 自分が買ったのはリオタールこどもたちに語るポストモダン』、フォースターアレクサンドリア』、マイケル・オンダーチェの長篇『名もなき人たちのテーブル』。ジル・ドゥルーズの『マゾッホとサド』は文庫でも容易に手に入るけど、ロレンス・ダレルの『アフロディテの反逆』二部作(『トゥンク』『ヌァンクム』)は別の古書店で会える気がしなかった。

 実はここまで、そしてここからも新刊書店に入るたび探していた枝野幸男氏の国会三時間演説も、ようやく入手できたのは青森でのことだった。「たちまち五刷」の手書きの札つきで、平積みになっていた。
   
 新刊書店で売っていた『青森・津軽弁 単語カード』も購入。絵柄がかわいい。

ここで流石に荷が重くなり、本の大半を宅急便で自宅に発送・帰路の旅となりまする。

 秋田は駅前に直結する形で西武デパートがあって、都会感がすごい。そして稲庭うどんの本場。

 乗り継ぎの関係で余裕がなくて、天ぷらは調理に時間がかかるかな・別の何かあるかなと思ったら、まさかのタイカレー稲庭うどん(レッドとグリーン)。駅に広告だしてるような、老舗中の老舗っぽいんだけど、いいんだ公式がこれで!?と驚きました。とくに海鮮のレッドカレーと冷たい稲庭うどん、合ってました。
 西武なんで大きな本屋もありそうでしたが、駅ビル内の小さな書店で『図書館の魔女(2)』を購入。

 盛岡には新刊・古本とりそろえ、中の作業スペースで色々できる素敵なブックカフェがあるらしいと聞き及んでいたのですが…ここも定休日で振られました。とゆうか週に四日くらいしか空いてない。逆に素敵と言えましょう。小さな書店、かくあるべしかくあるべし。

 駅ビル内の「さわや書店」で池澤夏樹の短篇集を買ったのですが、文庫のカバーが宮沢賢治の「春と修羅」。賢治関連の単著もある池澤氏ですから、これも何か引き合ったのでしょう。店主が本を出してたり、社会活動にも積極的だったり、地元で光る本屋さんみたいでした。
 そして駅の立ち食いとは思えない食感のよさ・蕎麦8小麦粉2の田舎二八そば昆布の天ぷらなる変わりダネも美味しかったです。

 で再び北上(きたかみ)へ。南下しても北…いや、そういうのはいいから。ここの駅から20分ほど歩いたところにあるのがアメリカンワールドという、名前のとおりUSAをテーマにした商業施設の中にある本屋。東京や横浜・名古屋や大阪の都心部だったら驚かないかも知れないけど、駅から徒歩20分・もう国道のが近いかなという静まった夜の町に突然ネオンライトの観覧車。そして本屋。初めて行った時は『地獄の黙示録』かと思ったものでした(個人の感想です)。

 書店としても広く充実してて(学術文庫系の品揃えは中々)気になるハードカバーもありましたが『図書館の魔女(3)』を購入。
 この北上(きたかみ)には、盛岡冷麺・じゃじゃ麺に続く岩手第三の麺を狙う?キムチ納豆ラーメンを供するお店もあったのですが、連日の食道楽で胃が疲れていたこともあり、日和ってふつうのラーメンをいただきました。んまかったです。

 そして最後の本屋と期していた南相馬では、またも休業日で振られてしまったのは先述のとおり。帰り着いた横浜で『図書館の魔女』最後の第四巻を買って「東北の本屋にお金を落とすツアー」は終了しました。購入した本16冊(単語カード含む)・読了した本8冊。二度とこんな旅行は出来ないかも知れません。

 おまけ。青森のスーパーで買ってきた盛岡じゃじゃ麺に、南相馬のトマトを添えて。
 もっかい落ち穂拾いをして、東北話は完結とします。

復興商店街の今[後編+]〜18きっぷ東北旅行2018夏(2018.9.15)

 陸前高田
 震災は過去のものではない。いや、多くのことが乗り越えられた。けれど全く終わってないとも言える。それを一番実感したのが、再訪した陸前高田だった。
 「変わってないでしょう」と見知らぬおじさんに声をかけられた(当方もおじさんですが。いや、不審者だから探りを入れられたか?)。2012年に気仙沼からレンタサイクルで現地を訪ねて、こちらは車で来ていた(別の)見知らぬおじさんと「大変なことになりましね」と話し合った、もちろん、その時とは変わった。ことごとく建物がなぎ倒され、砕かれ、一面の瓦礫しか残ってない景色ではない。けれど瓦礫がなくなっただけで、新しいBRT駅の周辺は、今でも更地のままだった。至るところで工事が続いていたが、それはまだ普請中ということだった。
 かつて街だったところが、まったくの更地になってしまった。震災から7年経った今も回復されていない。心理的に乗り越えた人たちもいるだろうが、そこで暮らし、働いていた人たちの心労はいかばかりだろうか。
 なんとなれば、再訪した今も、市役所はプレハブのままだったのだ。

 とはいえ、復興はたしかに進展してもいる。
 いや、もともと陸前高田を訪ねて、破壊のすさまじさと同じくらい打たれたのは、いち早く仮設のプレハブで営業を再開していた店々のことだ。一面が瓦礫となった海際から国道沿いに2kmか3km、奥まったところに建てられた仮設商店街「未来商店街」では、こんなところで、こんな洒落たものがと感嘆するようなランチを出すカフェがあった。さらに自転車を走らせた先、鉄道のレールが残ってない(もちろんBRTの線もまだ引かれていない)名ばかりとなった竹駒駅のいわば「駅前」で、仮設の本屋が営業中だった。

 現在では、未来商店街は解消(地図サイトによっては、まだあるかのように表示されていますが、現地で確認しました)・BRTの新駅前に新しい商業施設「アバッセたかた」が出来、周辺に新しい戸建ての店舗も集まり始めている。件のカフェも、独立した店舗で営業を再開していた(ランチタイムとディナータイムの狭間に訪ねてしまい、再開に再会はしそこねたけど…)

 件の書店/文具店も施設内に立派な店舗を得ており(ちょっとコレ見てあげてくださいよ伊東文具店・公式)震災後、言うたら孤塁で文化の灯火を守り続けた、その志と労苦が報われたのが余所事ながら嬉しかったり。
 書店と隣合わせで陸前高田市立図書館がオープンしていたのも嬉しかった。震災の直後、失なわれた図書館のかわりに避難所に図書室を作りたいという募金があって、1万円寄付したら自分の薦める本を一冊入れられるというので日本じゅうがこぞって寄付したの、憶えてますか?ミヒャエル・エンデのモモを希望する人が何人も何人もいて、気持ちは分かるが諸君、もう少し、もう少しなあ!
 ※そんな自分が、ちょっとひねってリクエストした一冊。

 そうして始まった陸前高田の図書室が、巡回図書館などを経て、こうして新たな図書館に結実した。まあココも訪ねたのが休館の月曜日だったので、中に入ることは出来なかったのですが…
 かわりに書店で本を買い(6年前にも買った)、それから中の軽食店で売っていた「お好みたい焼き」も購入。お前それは流石に身贔屓だろうと思われそうだけど、たい焼きの皮にお好み焼き的な具材、けっこう合うのですよ。今川焼き・大判焼きにソレ的なものを挟んだ大阪焼きみたいのがあるけど、それより合ってると思う。いずれ全国の縁日に広まるかも知れないポテンシャルを秘めた「お好みたい焼き」まずは陸前高田で
※確認したら2015年ごろから各地で話題になってるようでした

 大船渡
 BRT大船渡線の終点いっこ手前・大船渡の駅前。ここの経緯は知らないのですが、海際に工場が立ち並ぶロケーションで、ダークブラウンに統一された商店街「キャッセン大船渡」が出来上がっていました。一昨年に初訪問して、それまでプレハブの仮設商店街ばかり見てきた目には驚きだった、女川の施設のよう。あるいは、都心の郊外(どっちだ)に場所を取って造られたアウトレット・モールのようでした。
 (もちろんそれが、震災当時に苦労がなかったということではない)

 ディナータイムの少し前しか滞在できなかったため、何やら美味しそうな丼物も食べそびれたのですが、ライブハウスまである当地、隣市あたりまで含めた、このエリアの街あそび拠点のひとつのようでした。

 そして南相馬
 ですます調から語尾を戻そう。
 今回の18きっぷ旅行、往路では横浜から東京に出て上野→宇都宮→郡山→福島→仙台と内陸を行く、東北本線のルートを取った。通常は復路も同様のルートを取るのだが、今回は仙台から東へ→太平洋沿いを福島県・茨城県と進んで水戸を経由して上野に戻る海沿いのルートを選んでみた。水族館「アクアマリンふくしま」などを訪問するのにも向いたルートだが、今回の目的地は別にあった。
 福島県南相馬市。その小高という駅前に、作家の柳美里さんが小さなブックカフェを開いていたのだ。実は今回の旅行の二つのテーマ、ひとつはここまで書いたとおり「復興商店街を訪ねる」、もうひとつは「各地の本屋に立ち寄る」だったので、旅程の最後にここを入れていたのですが…
 臨時休業でした
 次の電車が来るのは2時間後。実は元からそれを見込んで予定に入れておいた、小高と桃内駅の間にある大悲寺の石仏を拝みに行くことにした。徒歩で。

 ちょっと過激な?画像を↑載せてしまったが、この緑の中にずんずん踏み入ったわけでは、もちろんない。概ね線路沿いの道をてくてく歩き、岩に直接刻まれ、半ば摩滅した石仏と、大きな杉の木を拝んできた。
 そして、(プレハブの仮設商店街や、陸前高田の更地とは別の意味で)やはり震災は終わっていない、と思わされたのは、二つの駅にも寺にも設置された、線量計の存在だった。

 本屋にお金を落とそうという目論見が流れてしまったので、駅前のスーパーで県産のトマトとアイス、それに(これは特産でもない)メロンパンを買い求めた。もりもりと食べた。検査をパスした食材を食べることに、ためらいはない。だがそれと、原発事故のあった現場で今も線量計が設置され、住民がそれを意識せざるを得ない状態を慮るのは、両立できるはずだ。放射能への懸念を「放射脳」などと揶揄し、福島差別だなどと責め立てる人は、逆に実際に脅威のそばに置かれた人たちを蔑ろにしてはいないか。
 機会が許せば、また僕は東北に行くだろう。けどそれは、あの事故はとんでもない惨事だった、あれのせいで、あまりに多くのものが損なわれたという気持ちを覆すものではない。

復興商店街の今[前編]〜18きっぷ東北旅行2018夏(2018.9.13)

 18きっぷで北に向かう普通列車の中で、仙台の南に位置する名取市・その閖上(閖上)地区がシラス漁の北限(昨年から)と知った。まさにその列車で、まずは閖上を訪ねて昼食にしようと思っていたところだ。900円の海鮮丼(あら汁つき)に、しらす握りを合わせて注文。美味い。

 金の卵を産むメンドリなど持ち合わせぬ身ゆえ、お安めのメニューで自分は済ませたが、もっと豪華にウニやイクラを載せた丼・海の幸の天丼など供するこの食堂が、しかし震災後7年になる現在まで、プレハブの仮設商店街での営業を続けてきたことは、少し知られておいてほしいと思う。

 JR東北本線・名取駅から仙台空港アクセス線に乗り換え、杜せきのした駅(ショッピングモールが併設されてます)で下車して高架沿いに歩いて1km。住宅街や郊外型のホームセンターなどが並ぶ中に「閖上さいかい市場」がある。

 ちなみにこの海鮮丼のお店は、もうじき震災前に建っていた場所に戻るそうです。長町駅と仙台駅のほうにも支店があります。

 今夏をしめくくる18きっぷ東北旅行では、二つ目標を定めていた。いや三つだ。まず二つの目標の大本として、時間をたっぷりかけ、お金もそんなに惜しまないこと(と言いつつ海鮮丼は900円ですが)。
 そのうえで目標の一つ目は、これまでに訪ねた・あるいは訪ねてなかった復興商店街・仮設商店街の「その後」の再訪だった。
 具体的には閖上を振り出しに石巻気仙沼・それから2012年に(気仙沼からレンタサイクルで往復20kmほどかけて)(←歩道がなくてトラックがビュンビュン走る車道とか通らざるを得なかった。無謀だったし、あまり褒められたことではなかった)訪ねた陸前高田、そして初訪問の大船渡という計画です。
 (地図上に示した北上より北は、もう一つの目標がらみとなります)

 石巻

 震災後の石巻には、ふたつの仮設商店街があった。駅からのメインストリート沿いに小さく作られた「石巻ふれあい商店街」と、川べりに設けられた「石巻しみん市場」だ。しみん市場では「お麩」の卵とじ丼や、石巻名物の円盤状に並べた餃子、それに巨大メレンゲなどを食べることができた。

 現在では仮設商店街は二つとも役目を終えて畳まれ、旧しみん市場のそばに洒落たデザインの「いしのまき元気市場」が出来ている。名物の笹かまぼこ・(二つセットでしか売られておらず今回は見送ったけど)ボストンパイ・新名物らしきケーキ・それに「しみん市場」と店は違えど遜色なく大きなメレンゲを買い求めた。近傍にある金華山にちなんで石巻で水揚げされるサバは金華さば、近辺の鶏卵は金華卵として売出し中らしい(中国の金華ハムとは別物)。二階にある食堂は今回は訪ねそこねたが、新しい観光拠点として栄えることを願う。

 気仙沼
 気仙沼には、お気に入りの喫茶店がある。そもそも、喫茶店でおいしい食事にありつく愉しみ自体、ここで知った気がする。地元ヨコハマに戻っても、その発見を応用できてはいないのだが…そして、その喫茶店もまた、震災以降はプレハブの仮設商店街「福幸小町」で営業を続けている。

 石巻から気仙沼まではBRTに乗る。津波の被害を被った線路を復旧させるかわりにアスファルトで舗装した専用通路に、バス的なハイブリッド車両を走らせる輸送システムだ。区域によっては専用路を降り、一般道を走るため、多少の遅れは生じるが、石巻側の始発駅「柳津」を出て、気仙沼あたりでせいぜい5分内外のタイムラグだろうか。気仙沼で一旦、終点となり、大船渡の先の病院を終点とする路線に乗り換える。
 気仙沼は海に面した港や近隣の街が津波で多大な損害を受けた。こちら側には復興屋台村と復興商店街、ふたつのプレハブ式の仮設商店街が建てられ、屋台村のほうは一昨年(だったかな)役割を終えて撤去されている。
 海から比較的遠く、細い川の一本を隔てた区域は建物も商店も残り、比較的無事だったそちら側に、件の「福幸小町」がある。件の喫茶店の他にも居酒屋・ラーメン店などが営業中。
 その他にも海際から移ってきた書店、ネパール料理「ダルバート」が食べられるカレー屋、吉野家やモスバーガー・かっぱ寿司などのチェーン店に、少し歩くけどイオンなど揃っている気仙沼の内陸側。BRTは代替された鉄路と同様にJRの路線ゆえ、18きっぷも使えるので、駅を拠点として徒歩で海際へ・内陸へはBRTでと振り子式に訪ねるのがベターだと思う(内陸←→海際はけっこう歩くし徒労感がある)。具体的には気仙沼駅から二駅先(手前)の南気仙沼駅(ほぼバス停)での下車が便利です。

 ↑気仙沼のダルバートは定休日で振られてしまったので、仙台で牛タンの予定を変更して食べたダルバート。ごはん(バート)にかけて味のベースにする豆(ダル)のスープがぜんぜん辛くなくて「見た目ほどカレーっぽくない?」と最初は戸惑うのだけど、何度も食べるうち美味しさが分かってくる。餃子や小籠包の系譜にあたるモモも美味しうございました。後編は陸前高田を中心に。

21世紀の寓話〜トム・ムーア監督『ブレンダンとケルズの秘密』(2018.9.9)

 一年ひと昔。昨年(2017年)のことなど誰も憶えてないかも知れないが、この年はアルフォンス・ミュシャの大作『スラブ叙事詩』が初めてチェコ国外に出て、船で運ばれ、日本で公開されるという(たぶん)大事件が起きたのだった。
 20世紀初頭のパリで、アール・ヌーヴォーの凝った曲線に美麗な女性を配したポスターや広告絵画で時代の寵児となったミュシャ。その彼が故郷に戻り、祖国の歴史を描く巨大な油絵の連作に後半生を捧げた。前期ミュシャの装飾的なデザインは現代日本の漫画やアニメとも波長が合い人気が高いが、後期ミュシャの民族衣装や意匠もまた西欧ファンタジー好きの心を惹きつける。
 最近の美術展によくあるように、一部の作品にかぎり写真撮影可能で、老若男女・善男善女が思い思いにデジカメやケータイ・スマートフォンを向けていた。あまり善人ではないけど、当然僕も。

 写真撮影は不許可だったが、印象に残った絵画のひとつに「ニコラ・シュビッチ・ズリンスキーによるシゲットの対トルコ防衛」があった。キャンバスの高さ約8m。侵略者に備えて防壁を築く人々の、垂直の構図が目を引いた。

 同じ2017年に日本で劇場公開された映画『ブレンダンとケルズの秘密』もまた、外敵に怯え、壁の建設を急ぐ人々の描写で始まる。制作は2009年。アイルランド・ベルギー・フランス合作で、日本では『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)のほうが先に公開され話題をまいたアイルランドのアニメーション監督トム・ムーアのデビュー作だ。『ソング・オブ・ザ・シー』も衝撃的だったけれど、『ケルズ〜』は「2001年9月11日以降に制作された、もっとも重要な映画のひとつ」ではないか、というくらい打たれるものがあった。

 舞台は中世のアイルランド。こちらの侵略者は北欧から到来するヴァイキングだ。人々を守るため、防壁の建設に余念がない修道院長。だが、その後継者と目される少年修道士ブレンダンは、救済の可能性を古来より伝わる「ケルズの書」に求め、別の道に乗り出していく。まずもって、ケルズの書を綴るインクの材料を手に入れるためには、防壁の外に出てはならないという禁忌を破らなければならないのだ。『ソング・オブ・ザ・シー』が少年にとっての女家族=母や妹をめぐる寓話であったように、ここでは父と子の相克が「壁」をめぐって描かれる。
 それだけではない。ケルズの書は連綿と受け継がれてきた文化=すなわち人為なのだが、その制作に必要な材料や「レンズ」は森=すなわち自然の奥・中心に秘匿されている。人為的な文化自然という、物語ではしばしば対立し排しあう二者が、ケルズの書という一点で交わる。
 もっと言えば、人為的な文化と、自然科学的な自然、そして自然を超えた妖精や魔物・ファンタジーやオカルトの世界という、互いに排斥しあう三者が、少年ブレンダンの冒険のなかで一点に収斂する。それは防壁で敵と味方を二分する「父」の論理・大人の論理とは別の可能性なのだ。

 しかし「ケルズの書」の魔法の論理は、外敵を恐れ、防壁を築く大人たちを否定しない。
 映画公開時のキャッチコピーは世界を救えるのは、この美しい魔法の本だけだったが、そう言われて期待されるような、たとえば書物が完成したとたん善の光が悪を一掃し、世界に平和と秩序を取り戻す的なスペクタクルは、はっきり言って起こらない。映画で描かれる救済はもっと地味なものだ。しかしそれは、むしろ「魔法」に背を向け、目前の破壊から生活を守るため、必死で砦を作る人たちをこそ救済する。救済が必要なのは、他ならぬ彼らだからだ。
 それがどんな「魔法」であり、どんな「救済」なのかは、実際に映画を観て確認してほしいが、
 この意味で『ブレンダンとケルズの秘密』は、はるか昔のケルトの物語でもあり、スマートフォンひとつを頼りに徒歩で国境を越える現代の難民の物語でもある(先に「2001年9月11日以降」と書いたのは、そういうことだ)。
 「アニメやファンタジーより今の世の中・私の老後どうすんだよ」と胃を痛めてる人にこそ、効く作品かも知れない。子供は成長し、若者は年老い、妖精は歳をとらない。世界は生と死の間だけではない。なのに短い生と死の間の時間が、こんなにも素晴らしい。人の生活を守るため高く築かれる壁。その外に広がる深い森。猫も出てくる。この映画には、すべてがある。

 以下は余談なのだが、この映画を最初に観た時「ジブリアニメの最高傑作を創ったのは、スタジオジブリじゃなかった」みたいな形容も頭に浮かんだ。これほど素晴らしい作品が生まれたのが、何十年もマンガやアニメひとすじに(※過言)頑張ってきた日本からではなかったことに実は「そんなあ…」という気持ちもある。でもだから、この作品を観て「これこそ自分が観たかった物語だ」と思うとき、人は国境を超えてもっと大きな連帯に属することになる。
 その価値に見合うだけの観客を、まだまだ得られていない作品だと思うので、あらためて推しておく次第です。
 
 もちろん、すべてのひとを満足させる作品はない。『ブレンダンとケルズの秘密』の数少ない感想のなかには「(この映画で悪役にされてる)北欧の人たちはどう思うかね」みたいなコメントもあった。
 ミュシャの『スラブ叙事詩』についても「若い頃は先鋭的なセンスで成功したアーティストが、人生の後半でナショナリズムや宗教的なものに目覚めちゃって大作に走る例」と揶揄する人がいて、まあそういう要素もあるのかも知れない。全体のバランスで言えば、そうやって皿に塩をふる人も必要なのだろう。

 ただまあアレだ、ミュシャは、ナチスのドイツに占領された故郷チェコで、まさにその「ナショナリズムに目覚めた絵」が災いして訊問を受け、それがもとで亡くなっているのだが、それを聞いて急に揶揄を引っ込めたりするのは、逆に許さんからなと思っている。

私たちは何処にいるのか、私たちは何者なのか〜ケン・リュウ『紙の動物園』(2018.9.8)

 SF小説の世界で、中国系作家の名前が次々あがるようになってきた。全く新しいインテリジェントな語りと発想で度肝を抜いた『あなたの人生の物語』のテッド・チャン、ヒューゴー賞の長篇部門を獲得しながら未だに邦訳の話を聞かないハードSF大作『三体』の劉慈欣(リュウ・ジキン)、そしてその『三体』を英訳したケン・リュウ
 かねてより評判の高かったケン・リュウ本人の作品集『紙の動物園』(ハヤカワ文庫SF)を読んでみた。日本で独自に編まれた短篇集らしいのだが、その並び順・構成が好い。
・紙の動物園
・月へ
・結縄
・太平洋横断海底トンネル小史
・心知五行
・愛のアルゴリズム
・文字占い師
 むしろ幻想小説に近い表題作や「月へ」で滑り出し、「結縄」から徐々にSF味を増した作品群は「太平洋トンネル」「心知五行」「アルゴリズム」でSFとしてのピークを迎え、表題作の(より陰影の深い)変奏ともいえる「文字占い師」で幕を閉じる。個人的には「心知五行」と「愛のアルゴリズム」が「自我の解体」を正反対のアプローチで描き、ハッピーエンドとバッドエンドで対照的に語る、メロディラインの美しさと陰影に心(自我?)をつかまれた。
 しかし何より、作品集ぜんたいに流れる通奏低音は、いわゆるSFが語ってきたもの≒科学技術の発展が開く未来像を西欧的なものとし、それに対するオルタナティヴとしての中国・アジアを提示する構図だ。そうしたテーマづけは、テッド・チャンら同郷の作家との交流で育まれた、意図的なモノなのだろう。
(テッド・チャンの作品には東洋的なモチーフはほとんど出てこなかったと記憶するが)

 合理主義とテクノロジー偏重の西欧式未来が失なってしまったものを東洋の智慧が補完する「心知五行」、補完すれど勝利を得られず智慧が西欧テクノロジーに収奪されてしまう「結縄」。
 いや、それ以上に、SF的・幻想的なパーツを取り除けてなお、明白に浮かび上がるのは西欧≒アメリカ的なものに収奪され劣位に置かれている中華・アジアという構図だ。中国から呼び寄せられたカタログ花嫁、入国のため政治的亡命のストーリーを取り繕う父子。一見そうした要素が希薄に見える「愛のアルゴリズム」も主人公の女性が中華圏出身に設定され、そして「文字占い師」は台湾の二・二八事件やアメリカCIAによる(拷問を含む)内政干渉といった生々しい現実を語る。
 中国≒アジアには地や伝統に根ざした智慧があり、弱き者の生活がある。それは西欧≒アメリカのテクノロジーや経済の論理に対するオルタナティヴとなりうるが、多くのばあい、弱い中国≒アジアは劣位に置かれ、収奪される。そして同書で、その関係はしばしば、男性≒夫に尽くし消耗していく女性≒妻(あるいは母親、あるいは娘)の悲劇と二重写しになる。

 その明白な構図の前で感じずにいられなかったのは、日本人(ついでに言えば男性)である自分は、この構図のどこに身を置けばいいのだろう、という困惑だった。
 西欧の合理主義やテクノロジー・それに隠された傲慢の犠牲者として中華…中国や台湾・華僑の人々を描くとき、日本人である自分が、それに無邪気に乗って一緒に被害者を標榜することは難しい。なんとなれば、歴史改変SFである「太平洋トンネル」のように、日本は西欧の側について、中華的なものを収奪する側ですらあるのだ。
 アジアはひとつではない、だが、つながっている。そう書いたのは池澤夏樹だった。だが日本は、日本人たる自分は、アジアとつながっているだろうか。半ばアジアの盟主のように振る舞いながら、吾々は吾々自身のことは、アジアと切り離された「別格」のように自認してはいなかったろうか。西欧とアジア、いや、西欧近代の主人とそれに従属させられてきた者たちの間で、私たちは何処にいるのか、私たちは何者なのか。そんなことを埒もなく考えてしまった。
 中国以外のアジア、たとえばシンガポールやミャンマー、ベトナムやインド、韓国や北朝鮮の人は、これらの小説群をどのように読むのだろう。少し知りたい気がする。

短篇で鳴らしたケン・リュウは現在、長篇のSF武侠小説(!)に取り組んでるようで、そちらもおいおい。

 余談。ケン・リュウがSFに託して描いたアジアと西欧≒アメリカの非対称性・しばしば男女の関係性に投影されるそれに近い表現を、たとえばMitskiの楽曲のいくつかに見聞きすることが出来る。
 イギー・ポップが「俺が知る現在で最先端のソングライター」と絶賛するMitski。彼女自身がどれほど日本というルーツを重んじてるかは定かでないが、「Your Best American Girl」の「あなたのお母さんは、私のお母さんが私を育てたやりかたを良くは思わないでしょう」という歌詞は、たしかに「Best American」なポピュラー・ソングでは語られることのなかったテーマで、文化間のギャップを連想させられる。

そして短編映画のような「Happy」のPVが描く「Best American Boy」の暴力性は、ケン・リュウが描いた「未来」に通じるものがある。気がする。

(ゴア描写注意です)

オトナ修学旅行[2/2]大阪〜京都編(2018.05.31)

 3.鬼と水晶宮

 関西で同人活動してる人には馴染みの建物らしいインテックス大阪。空が思いがけなく綺麗に撮れたので画像ふたつ並べましたが、ロンドンで1851年に開かれた第一回万国博覧会の「水晶宮」を彷彿とさせるデザインですね。前日は大阪万博・この日はロンドン万博。

 関西コミティアで入手した薄い本、一冊だけ。治島カロ(奇人別動隊)さんの『魔女と鬼のはなし』は、大流行した(自分も乗った)ハッシュタグ「#魔女集会で会いましょう」準拠作品。
 完全にオリジナルの設定や世界観で勝負する一次創作と、与えられた元ネタの解釈で勝負する二次創作の中間くらい・決められたシチュエーションでの競作は、おのずと作者の腕くらべ・あるいは個性の表出になって面白い。『魔女と鬼…』の場合は、平安時代を思わせる和風ファンタジーに仕立てた手技もあるけれど、それ以上に魔女と鬼の、互いに不器用なようでいて心の芯で通じ合ってるパートナーぶりに、作者の人となり・というか「こうあってほしい」という理想・志向が見えて、心温まる作品でした。
 こちらで閲覧できます→Twitterモーメント「魔女と鬼のはなし」まとめ

 4.神獣カーニバル

 大阪のドヤ街のように極端に宿代が安い場合、日曜に新幹線や、割高な週末料金のバスで関東に帰るより、もう一泊して月曜に帰ったほうが安上がりというのはその余計な1日分の散財を考えると決して合理的ではないのですが、
 浮いた月曜でそうだ、京都行こうということになりました。高速バスの京都での乗り場になる駅のコインロッカーに重荷を預けて、まず出向いたのは北野天満宮

 学問に御利益があるらしい牛の像にお賽銭を上げて、大学生・高校受験生の甥っ子ズのために(そのほか身内や自分のためにも。学問は一生つづくのだ)像を撫で撫で。しかし境内、牛の像がいくつもある。最初に目につく小さく古びた像に賽銭をあげると損した気になるかも知れないし、全体と比べると見劣りしそうな小さな像に賽銭したほうが「見上げた心映え」的な御利益があるかも知れないし、あー、よく分かりません。
 カメラには収めなかったけれどメインの社殿、青龍・朱雀・白虎・玄武と象・獅子・麒麟の木彫りが軒下に突き出て、ちょっとした神獣カーニバルでした。

 天満宮近辺の名物は極太の一本うどんと、餅の部分が黄色い粟餅。一本うどんは、なぜか二本に切れていたような気がするが深く考えてはいけない

 大阪から阪急線で京都の西院まで一本、そこからバスで北野天満宮。同じバス路線で前まで行けるということで銀閣寺へ。約15年ぶり。好きなんですよね、銀閣寺。

 どこかSF的な向月台と銀沙羅・観音殿もいいけれど、何よりチルアウト効果があるのが、夢窓国師リスペクトで作られた苔庭。

 15年前に訪れた時には「いい苔・ちょっと邪魔な苔・とても邪魔な苔」のサンプルがあって可笑しかったのだけど、さすがにもう無くなってました。


 せっかく銀閣まで来たら大豊神社まで足を伸ばそうと、哲学の道を(本を読みながら)てくてく20分。狛犬ならぬ狛ねずみ(ちゃんと狛犬もいます)が売り?の神社だけど、ドングリ?と巻物を抱えたネズミだけでなく、サル・鳥・お稲荷さんのキツネさまに、黒々としたヘビまでおわす。

 参道の灯籠には、人々が寄進?したらしい馬やら牛やらネズミやらの小さな人形がポツポツ置かれてるのだけど、中にはミドリの恐竜までいて、もはや何が何やら。

 聖フランチェスコか!と思うくらい、あらゆる獣に神が宿る。このユルさは逆に尊いかも知れません。

 5.聖地巡礼そして政治

 話は遡りますが万博公園・国立民族学博物館(民博)の向かいには薔薇園があって。小説『マリア様がみてる』で学園の憧れ・生徒会長の異名になってるロサ・キネンシス(紅薔薇)を拝んできました。残念ながら盛りを過ぎて、少し萎れぎみ。作中の気品高いお姉様から、幾重にも花弁を巻いた花を想像しがちだけど、単弁のシンプルな花でした。

 大阪では『ラーメン大好き小泉さん』に登場した「おいしいラーメン」(本当にそういう名前)も食べてきました。実は東京や神奈川にも支店のある、かなり庶民的・ファミリー向けっぽいチェーン店。野菜の甘味が出た、やさしい味でした。
 京都では、銀閣寺→京都大学→の延長線上に、アニメ『たまこまーけっと』のモデルになった商店街もあり、せっかくだからと聖地巡礼。作中には出てこなかったけれど、軽く歩いただけでも二軒も古本屋がある文化的なアーケードでした。前から気になってて、少しずつ知りたいと思っていた思想の科学の関連書と、それから聖地巡礼的には「お餅」だろうということで散財。

 京都大学では、ちょうど名物?だった立て看板の撤去が行なわれたばかりで、立て看板の代わりになぜか色とりどりの洗濯物が。看板撤去でキャンパス周りをキレイにした積もりの当局への皮肉かも知れず、それは深読みかも知れず。個人的には詰まらんことしたな(←撤去が)と思っています。

 銀閣から京大→三条→四条河原町と歩く。河原町でも古本を一冊。前から宿題だった(学生時代に読んだつもりで読んでなかった)エーリッヒ・フロムの古典『自由からの逃走』。オシャレなショップが並ぶ河原町、ちらほら古本屋があるというのも今回の発見で、街の底力を見た気がしました。いい街だ京都。

 四条河原町から四条烏丸へ。高度プロフェッショナル制度(別名・サービス残業合法化)に反対するスタンディング+リーフレット配布に参加。京都で過ごす6時間を自分のために使い、1時間くらいは社会のために使うのも悪くないだろうと(まあコレも自分の精神衛生のためではあるけれど)。
 コンビニの小規模オーナーやファーストフード店の名ばかり店長・建築現場で個人事業主あつかいされ被雇用者としての権利が保証されない、などといった事例を拡大するような悪法であると考えます。残念ながら今日(5/31)衆院を通過してしまいましたが、この国はどうなってしまうのでしょう。

 社会参加が終わったあとの京都・錦小路はおおむね店も閉まってシャッターが降りていたけど、10軒に1軒くらいシャッターが伊藤若冲の日本画をあしらったデザインになっていて、こういうギャラリーも悪くないと思いました。アーケードの天井から下がった垂れ幕も若冲で、こんなところで(北野天満宮で会って以来の)象とも再会。

 河原町ではパフェだけで何百種あるという喫茶店にも遭遇。画像はとんかつパフェ・アメリカンドッグパフェ・エビフライパフェと飛び道具な並びですが、見本の上段にあった黒ごま杏仁パフェとか、ふつうに美味しそうだった。満腹のため見送りましたが、また京都を訪なう機会があれば…と言いたいところだけど、中年おじさんの一人パフェか…とハードルの高さに頭を抱えつつ、はい、また機会があれば京都に。そしてまた大阪に。

オトナ修学旅行[1/2]大阪編(2018.05.30)

 1.異形と親しみ

 一次創作系の即売会「関西コミティア」にサークル参加は(完全に自身の手続き不備により)しそびれたのですが、せっかく大阪に行くのだからと予約していた太陽の塔の内部公開を観に、関西に行ってきました。

 1970年の大阪万博で建てられた岡本太郎デザインの「太陽の塔」。グラスの底に顔があったってイイじゃないか(古い)も岡本太郎でしたが、太陽の塔も背後に第三の黒い顔があります。表に上下二つ・裏に一つ。

 これに加えて塔の内部・地下に「第四の顔」=地底の太陽があるというのが、今回の内部公開の目玉のひとつ。そして塔の芯にあたる部分には、アメーバや原生動物に始まり両生類・爬虫類・哺乳動物から人類へと進化の過程を再現した「生命の樹」。SFか!というオチもあり、これはいづれ場所をあらためてネタバレのレポートを描きたいと思いますが…
 万博当時も内部公開されていたものが、50年近い時を経て再公開ということで、行ける人は行ったほうがいいです。岡本太郎という人物には全面肯定できない部分もあるかも知れませんが、アートの力・アートの力が信じられていた時代のアートの力を感じました。逆に言えば、アートの力なんてハナから信じてない人たちが今また大阪に誘致しようとしている、新しい万博に何事が出来るものかと、不信の気持ちを新たにしたり。

 久しぶりに訪ねた民博=国立民族学博物館も、相変わらず好かったです。

 前に訪ねたときは、世界各地の文化の多様性を見て、自分を含め今「ファンタジー」「異世界」と称して創作をしてる者の想像力の範囲がいかに狭まっているか実感して危機感を覚えた。その時は異様で、想像の外にあると思えた、たとえば仮面や人形などの異形が、今回は「あー人間も生きてりゃ(気持ち的に)こういう感じになること有るよね」と逆に共振できた気がするのが面白かったです。歳を重ねることで、色々と感受性に広がるものがあったかと思えば嬉しい反面、未知を未知として遇する素直さが薄れたのかもという懸念もあり。

 最初に見たときは「理解の外…」としか思えなかった、ギターの胴くらいある大きなアフリカの仮面も今回は「あれ…こんな処からヘビとか垂らしてたんだ、キミ!」と思ったり。

 これを目にした時のなんとも言えない思いを、なかなか理解してもらえないのだけど、民博には文化人類学や構造主義にとっては「沢田研二が投げた帽子の実物」に匹敵するような(よく分からんし古い)アイテム「南太平洋のクラ交換で取引される宝物」があります。これが今ココにあっていいのか、ということを含め感慨にとらわれる品です。
 アイヌ神謡集に出てくる、神に捧げる「イナウ」も民博では、これでもかというくらい展示されている。木を削って作るコレが、簡略化・抽象化されると「幣もとりあえず手向山」の、紙でできた幣(ぬさ)になるのだろうなと見当がつく。

 今回あらたに知った収蔵物で可笑しかったのが、ウガンダの酒壺。ヒエなどの穀物を発酵させ、滲み出るアルコールを含んだジュースを(粒は通さず汁だけ吸える)ストローで吸うものだけれど、皆で車座になって一斉に吸える=呑める仕組みになっている。こういう宴会は楽しいだろうと想像する反面、今の日本では地獄のような飲み会になりそうな気もする。
 そして印象的だったのが、アフリカで現在つくられてる子供のお守り用の首飾り。貝が貴重品である内陸部では、逆に大量の貝を用いることで呪力や権威を表す装飾品が作られたけれど、この(画像右端)首飾りの材料は注射針のカバー。単に綺麗だからというのでなく、乳幼児の健康を守る、予防接種などにまつわる品だからこそ、信仰に近いかたちで珍重されているのかも知れない。そう考えると、遠く海を隔てた土地での、人の営みに、また共振できる気がしたのでした。

 2.西成はおいしい

 天王寺公園の案内用ピクトグラム、いつからネコミミになってたん?

 ここ十年来、大阪で泊まるときは市の南部・西成区のいわゆるドヤ街と呼ばれる地域で安価な簡易宿泊所を利用しています。治安や清潔感のことが言われるけれど、少なくとも中年男性の自分には分相応でもあり、隔絶感もあまりなく歩けるところ。
 今回は積極的に、その界隈で食事をして回りました。商店街の隙間のような処で看板もあるかないか分からない、土日だけ営業するおでん屋(おいしかった)。駅のガード下の、うどんを「小」で注文しないと、山盛りで出てくるようなホルモン屋(おいしかった)。

 「ナショナルの電気風呂」みたいな古風な看板を残した銭湯がある、そんな界隈の、お店の人の人柄が伝わるような洋食屋(期間限定のローストビーフ丼、すごくおいしかった)。昆布だしと味噌で具が崩れるまで煮込んだ「どてカレー」(勿論おいしかった)は、ドヤ街の角に一軒、カフェみたいな外装内装のお店。若い店主さんによれば、このあたりで同じようにカフェ的な店を出したい追随者は少なくないのだと言う。
 …それは(※あたかも自分が取材したかのようですが、隣席のお客さんに話してるのを横で聞いてただけです)近年急増した、安い宿を利用する海外からのバックパッカーがいるから。
 自分が泊まった簡易宿泊所も、部屋は畳二畳分くらい・バスもトイレも共同だけど(ただし近所の銭湯の無料券が貰えて、良い宿でした)トイレはウォシュレット完備・部屋もWi-Fi完備。1階のロビーに貼られた世界地図には、アジアはもちろんアフリカや南米(画像ではカットしたけど)グリーンランドまで、宿泊者のホームを示すシールが。
 最近ではユーチューバーのレポートなどでもB級グルメの穴場として有名になりつつあるらしい、この地域。観光客(自分もその一人だが)が集まり、変容するのが良いことばかりとは限らない。これからも大阪に通うとしたら、思いがけない変化を目の当たりにすることになるのかも、と思いました。
(次回・大阪〜京都編に続きます)

晩年の思想〜宮崎市定『論語の新しい読み方』今村仁司『現代思想の系譜学』(2018.03.21)

【シリーズ・古典を読む】←もう最近30年40年前の本を読むほうがデフォルトな読書生活をしてるので、この表題いらない気もするが。

  
 子曰く、吾十有五にして学に志す(中略)六十にして耳順(したが)う。七十にして己の欲するところに従えど矩(のり)を踰(こ)えず。人の批判や異論も素直に聞けるようになり、思うまま振舞っても規範を踏み外すことがない、孔子の晩年は心も穏やかに徳を究めた理想の境地であった…という解釈に、中国史の泰斗・宮崎市定氏は異議を唱える。
 別のところで、老いた孔子は嘆いている。甚だしいかなわが衰えたるや。久しいかな、われまた夢に周公を見ずなんと衰えてしまったことだろう、理想の君主と仰いだ周公が夢に出なくなって久しい…かような絶望を漏らす彼の晩年が、満足の境地であったはずがない。耳順う、矩を踰えずとは、悪口を言われ世の乱れを聞いても腹が立たなく「なってしまった」、好き放題してるつもりでも世間のルールの枠外に「出られなくなった」、そう捉えるべきではないかと言うのだ。

 次は何を読もうかと積ん読の文庫を手に取り、ぱっと開いて、まずこの一節が目に入れば「これはすごく良さげな本だ」と期待するでしょう。『論語の新しい読み方』(礪波護 編・岩波現代文庫)、期待にたがわぬ一冊でした。
 まあ碩学である。語り口でも定評がある。題名のとおり論語にまつわる文章を納めた本書では、当時の漢文のたとえば対句などのルールから、現在に伝わっている論語の文章の欠落や書換を推測し、当初の原文はこうであったはずと再現する。そして後世に儒教として宗教化・国教化・正典化(聖典化)してしまったため「マルクス当人とマルクス主義がかけ離れるように」かけ離れてしまった、孔子本人の思想や感慨に迫る。非常に楽しく読了したのだが…

 最初に心惹かれた箇所に戻ろう。孔子の晩年は苦い失望だったという。だが十五で学問に志し、三十で自立し、四十で迷いもなくなった、前半生は満足すべきものだったはずだ。どこで蹉跌が生じたのか。
 宮崎が注目するのは五十にして天命を知るだ。
 なるほど天命を「天に指示された己の使命」と取ると、立志し自立し不惑となった後でそれを知るのは少しおかしい。宮崎は、有為な人物が志を果たせず不遇に終わった時の「残念だがそれが天命だった」のような意味での、自身の努力ではいかんともしがたい限界として「天命」を捉える。四十で迷いもなくなった孔子だが、その確信をもってなお、果たせぬ願いがあることを五十で悟ったというのだ。少なくとも自分の代では、周公の理想を現世に甦らせることはできない。やがて体力も気力も衰え、周公の夢をみることも絶えて久しくなる…
 1969年の文章である。1901年生まれの宮崎先生は68歳。その後95年に亡くなるまでさらに四半世紀を生きる。

  
 「泰斗」「碩学」などと言いつつ、実際に宮崎氏の著書をひもとくようになったのは没後しばらくしてからなのですが、
 今村仁司氏の著作は、そこそこリアルタイムで触れていたと思う。いわゆる西欧の現代思想を初学者むけに紹介するのに功のあったかただ。また自身が『暴力のオントロギー』などで提唱した「第三項排除」という考えかたには、早合点の誤解も含め、大きな示唆を受けたと思う。
 原著の刊行から30年を経て『現代思想の系譜学』(ちくま学芸文庫)を読むと、ともすれば思想がゲームやファッションのように消費されがちだった80年代(ひょっとしたら入門書を書くことで、結果的にそれに棹さしながら)ずっと誠実に、現代社会の問題や限界を考えてらしたのだなと思う。
 当時急逝したばかりのフーコーを本当に高く評価してたんだなとか、そのフーコーを筆頭に知の最先端とされていたフランス現代思想が一世代前のドイツの哲学者たちの(ナチズムと対峙しての)苦闘に下支えされてたとか、今だから(自分が)得心することも多い。ドゥルーズについて解説するはずの章が延々マルクスの話で「あれ?自分は今なにを読んでいるの?」と可笑しくなったり。若い頃に読んだ著作でフランス思想のはずが延々『大菩薩峠』の話をされて狐につままれたのを思い出す。あの手この手で、ともすれば難解で上滑りしがちな思想を(系譜づけたり、置き換えたりして)体感させようと工夫をこらしていたのだ。

 そんな『現代思想の系譜学』で、今村が「思想の晩年様式」という考察に一章を割いているのに出会った。宮崎市定の孔子を読んだ直後のことである。
 青年期の思想は、と今村は言う。未熟で荒削りだが、のちに開花する観念や思想の萌芽がすでに播種されており←こう抜粋してみると「播種・萌芽・開花」と植物の喩えで統一してるのが、単に思想というだけでなく文章表現に通暁したひとだったと思わされますね、という話はさておき…出発時のアイディアが壮年期に結実(真似てみた)するまでの軌跡を追ううえでも興味ぶかい。またアイディアが生まれたとき特有の、瑞々しい喜びも感得できる。
 思想が完成する成熟期の重要さは言うまでもない。だが、それら青年期・成熟期に対し晩年はどうか。
 坂部恵、アドルノなどを援用しながら今村は、閑却されがちな晩年の思想に積極的な意味を見出そうとする。興味深いのはカントやマルクス、あるいはベートーヴェンのような作曲家まで取り上げながら、今村が「晩年の様式の特性は、主体の力の最後の瞬間的な爆発と、主観性の対極にある紋切型との異質混合状態にある」と述べていることだ。
 それまでは使わなかったような常套表現を、ついに追いつかれたかのように多用するベートーヴェン。ノスタルジーに浸るように、自身の過去の著作(資本論など)を引用しパッチワークするマルクス。
 すでに着想や思いのたけを遺漏なく形よく統御し体系化する力は残っていない。そのことを自覚しつつ試みられる最後の跳躍は、殻を破るように野放図で、だが一方で慣用や常套句が多用され単調に陥る。今村はその両極端が調和せず、引き裂かれてあることに思想の晩年をみるのだが、「爆発と紋切型」は宮崎が言う、失意としての欲するところに従えど矩を踰えずに通じるところがないだろうか。さらに新たな光を当てるものではないだろうか。

  
 などと大雑把に「さわり」を抜き出したところで、さてこの「晩年論」を書いたときの今村氏は幾歳だったろうと確認して魂消た。初出は1986年。42年生まれの今村仁司は、まだ44歳だったことになる。
 あちゃー。齢68歳で孔子七十歳を語った宮崎先生と比べ、なんと気の早いことか。狼狽するとともに「あ、うん、この年代はそろそろ『晩年』を早取りで自覚しがちかも」と思ったのである。

 中年クライシスなる、便利な言葉がある。これもキチンとした研究書(河合隼雄先生が何かしら書いておられたはずだ)に当たらず、世間一般で流通してる意味をそのまま使い廻して言うのだが、それまで順風満帆・創造力や表現力を開花させてきたアーティストが不意に失速・迷走に陥る。突然、それまでの楽曲を演奏しないことを宣言し、バンドを組んだ(二枚のアルバムを発表して解散した)デヴィッド・ボウイ。レコード会社との確執から自身の名前を封印し「元プリンス」になったプリンス。ハリウッドのトップスターが離婚し、新興宗教のスポークスマンとして奇行を重ねた時期を「後から思えばアレも中年クライシスだったのだろう」と指摘され、納得したこともある。日本を代表するファッションモデルがパリコレを去り、前衛舞踏との共演に活路を求めたのも、ひとつのそれかと回顧フィルムを観て思ったことも。
 もちろん、その時期の活動に実がないというわけではない。けれど多くの表現者が(そして生活者が)陥る中年期の躓きは「もう若くない」「今までは出来たことが、思うように行かない」ことへの驚愕・抗いの産物なのだろう。十五で志し、三十で自らのスタイルを確立した者が、四十にして惑うのだ。孔子の言う「四十にして惑わず」は、ひょっとしたら「ふつうの人は四十で惑うけど、私は惑わなかった」もしくは「四十を前に惑ったが、なんとか克服した」という意味に取れるのかも知れない。

 今村氏の晩年論に(30年後)接して思ったのは、中年クライシスにも前期と後期があるのかも知れないということだ。これまでの、若かった時期に目を向け「おかしい、上手く行かない」「もう若くないのか」と苦しみ惑う前期。それに対し中年の後期は、これから来る晩年を先取りし「もう晩年」「残された時間は少ない」と悲しい悟り・もしくは錯覚に直面する。いや、「思想の晩年」を書いた時の今村氏が、そうした危機に直面していたとは言わないが。
 もう若くない、どうしようと惑って、その惑いに四十で折り合いをつけた者が、今度は死から生涯を数えたほうが早いことを悟り、晩年をのぞきこむ。「五十にして天命を知る」とは、案外そういう意味に取れるのかも知れない。
 まあ誤読の可能性が高いですが。宮崎先生には怒られそうだ。

   
 第三項排除とは、AとBの関係が第三項Cを排除することで初めて成り立つ(物品AとBを交換するため排除される貨幣Cが召喚される)現象を言う。AさんとBさんが結ばれるため当て馬Cが召喚され捨てられるのは物語でよくあることで、その視点を得ることは自身の創作に大きな影響を与えたと思う。『暴力のオントロギー』が、(スケープゴートなどの)排除が人の社会の原初にあると言うのは、歴史的に太古のことではなく、吾々が社会的に活動し関係を取り結ぶその都度、その起点・根底に排除・暴力があることを告げている。根底の暴力をあばき直視することなしに、平和を構築することは出来ないと著者は述べている。

人生はゴミじゃない〜ルー・リード『スウィート・ジェーン』(2018.03.02)

 今日、3月2日は英語圏ではEmployee Apriciation Day(従業員に感謝の日)なのだそうだ。もちろん「毎日が従業員感謝の日であるべき」とか「俺は個人営業だから自分に感謝だな」なんてツッコミや茶化しもあるけれど、多くの企業や公共団体がツイッターのアカウントで「ありがとう従業員」「うちの素晴らしい従業員」とアピールしている。
 悪いことではないと思う。キレイごとかも知れん。欺瞞かも知れない。でも、あるべきキレイごとを提示する、現実がそれよりダメダメでも理想は掲げる、そういう姿勢は大事だと思うのだ。
 今日、3月2日は故ルー・リード(1942〜2013)の誕生日でもある。
 伝説のロックバンド=ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代に書かれた、彼の生涯を代表する楽曲のひとつ「スウィート・ジェーン」について、あれの正しい歌詞を把握してる人は意外と少ないのではないかと思いあたった。
 というのも、アルバムに収録された正式版(と呼ぶには紆余曲折が多いヴァージョン)ではevil mother(邪悪な母親)となっている二単語、実はevil motherfuxxer(邪悪なマザーファ××ー)なのが大人の事情でカットされた代物だったらしいのだ。母親もとんだ濡れ衣である。またステージでは歌詞の脈絡をよりハッキリさせるため、加わってる一節もある。そのあたりを踏まえて和訳を試みると→
 踊りに行くのが好きな連中もいる
 働かなきゃいけない奴らもいる この俺を見てみろよ
 中には邪悪なマザー(フ××カー)だっている
 奴らは君に言うだろう 何もかもゴミだって
 失神する女なんていない あいつらは目をしばたたいてみせるだけ
 顔を赤らめるのは子供くらいなもの
 そして人生は死ぬためのものだって
 (でも俺も君に言うことがある)←ライヴで加わる部分
 心ってものを持ってる奴なら それに背を向けて壊したりしない
 人生で何かの役を演じたことがある奴なら それに背を向けてヘイトしたりしない

 ドラッグやSM、同性愛や自殺などをテーマにした楽曲がとくに初期に多いことから「頽廃」「背徳」みたいなイメージで彼を捉え「近頃のルー・リードは毒が足りない、物足りない」みたいに嘯く人たちも昔はいて、まあそういう側面もあったのだろうけど(個人的には「良くも悪しくも赤裸々すぎるひと」という印象)、いや逆に彼の毒舌はそういう「なんでも斜に構えて人生をゴミ扱いするクズ」にだって向けられていたのだと思う。
 そして。
 この「スウィート・ジェーン」の歌詞といっしょに頭をよぎるのは、丸谷才一先生が吉田健一氏のために書いた追悼文の一節だったりする。
 詩を暗誦する喜びから群馬県の豚肉まで、
 父親とのつきあひを交流としてとらへることから街の古びを大事にすることまで(中略)
 吉田さんの発見したのは、総じて言へば人生の価値といふものだつた。(中略)
 われわれは明治末年の文学革命以後、一体どういふわけなのか、
  人生は無価値なものと判断するのがしやれてゐて文学的だと思ひ込んだのだ。
 その迷信を正すのに、吉田さんほど勇敢だつた人はほかにゐない。
 ルー・リードと丸谷才一。創作や表現・時には人生まで手引きしてくれた師ふたりが、ふたりとも「人生に価値がないとか気取って言うやつらと戦え」と口を揃えて言っていたのだ。そんな彼ら(ともに天界に帰ってしまった)を師と仰いで、まだペンを持ってる自分がいる。
 たまには、こういう短い日記もいいでしょう。
 今日はルー・リードの誕生日。そして「働かなきゃいけない奴ら」が感謝を受けてしかるべき日。「従業員に感謝の日」日本にも輸入されればいいのにね。

ヒューマニズムについて〜ハンナ・アーレント『人間の条件』(2017.11.12)

 今度のコミティアで出す旅行記でも少し書いたのですが(この似顔絵、ちょっと「らしく」描けてるでしょ)、台北の本屋でも『人間的條件』が面陳になってたりして評価の機運が高まってるのかも知れません、ハンナ・アーレント。
 ちょうど自分も邦訳『人間の条件』を読んでいた時期で…いや、読み終えるまでに余裕で数ヶ月かかった、予想以上の難書でした。

【シリーズ・古典を読む】
 『人間の条件』でアーレントは、人間のすることを活動・仕事・労働の三つに分ける、本来この三つは別のものだったのだと説く。まずこれが分かりにくい。
 アーレントによれば、
労働は生命を維持するために必要な消耗品(食物に代表されるもの)を生産し消費すること
仕事は家具や芸術のように消費されず作った人間から独立して長く残るもの
・そして政治的な活動はその二つどちらとも違う別のパフォーマンスになる。
とくに実感しにくいのは「活動」だ。
 現在の政治は、活動であったことを忘れ、いかに労働と消費を支えるか≒経済的な分配の議論になってしまっている、そうアーレントは説くのだが、正直いまの吾々には「経済的な分配の問題でない政治」を考えることは、「今の野球はボールに支配されている」と言われてボールを使わなかった過去の野球を想像するくらい難しい。そうではないか。
(そして意外なことに、分配そっちのけで国防意識の高揚や憲法停止・歴史の改変・「輝く日本」に邁進する今の政権を見て、アーレントのいう政治ってコレなのかなと思わなくもなかった。
 だとしたら、古代ギリシャの「政治らしい政治」が参政権を持たない奴隷や女性の下支えで初めて成り立っていたのと同様、今この国が突き進む「政治」も、分配を蔑みながら経済から搾取することで成り立っているのではないか、逆にそんな考察に及んだりもした。
 進まないどころか悪化する保育や長時間労働の問題・一国を代表しえた企業を傾けてまでの原発への傾倒ばかりではない、経済第一を掲げたはずのアベノミクスすら国が株式に金をつぎこむ・政治的成功のために経済を奉仕させ犠牲にすることが本質ではなかったか。だがそれは別の話だ)

 もうひとつ、『人間の条件』が読みづらいのは、本当に博識で聡明なんだなあと舌を巻くしかない知見を、アーレントが「これはもう当然のことだと思うが」と平気な顔でポンポン繰り出すことにある。
 直前まで読んでいたフーコーの講義が異様なほど読みやすかったのは、聴衆を前にした「語り」だったせいではと前の日記で少し書いたが、同時にフーコーの議論には「こういう問題があり、こういう解答らしきものがあると、私は(吾々は)こうして発見・理解しつつあります」というプロセスの提示があったからかも知れない。
 アーレントの議論にはプロセスがない。本当はあるはずだが「もうこれが答え。これ自体が証明」という感じなのだ。ちょうどガロアだったかガウスだったか、数学の天才が初等教育で証明の問題を出され「えっ、自明じゃないですか」と答えたように。
 そういう意味で同書におけるアーレントは天才めいている。人の孤独について、生命の保持が至高の課題となることについて。二十年・三十年後にジラールやフーコーが懸命にプロセスを提示し解き明かすことについてさえ、アーレントは「もう答えの出てること」として何気なく提示してみせる。
 言い換えれば、それまでの読み手の読書や思索が多ければ多いほど「答え合わせ」のように響く部分が多い読書とも言える。バットがボールについて行ければだが。

 難解で晦渋で、たぶん重要なことを言ってるはずなのだが、それが何か説明しがたい。
 そんな消える魔球みたいなアーレントの文章がふいに真芯に当たり出すのは、ようやく五章に入ってからだ(個人の感想です)。ホームラン級の「分かる」が出始め、最後の第六章は「分かる」「それな」の連打になる。
 労働と仕事は違うと言われても、現代においては創作でさえ仕事ではなく労働化していないか・自分の創作物が消費されすぐ捨てられるのでなく仕事(ワーク)として自分より長い生命を持つとは信じがたくないか…かなり前のほうで感じたそんな疑問も、最後の最後の数ページになって「うんそれ。困ってる」と著者自身に回収される。
 なので、難しそうと二の足を踏んでいるひと(←この日記、それを助長してないか?)・一度は挑んで早々に挫折したひとは、ハンナ・アーレント人間の条件いきなり第六章から読み始めることを推奨する。あくまで個人の感想ですが、六章が一番よく分かりやすく、知見を広げるにあたり即効性も高い。
 ただし、同書でもっとも感動的で、心を熱くさせるのは第五章の後半・終わりの部分だと思う。

 アーレントの本領がどちらかは分からない。
 『イェルサレムのアイヒマン』はアイヒマンに代表される「凡庸な悪」を告発し、ユダヤ人の中にもホロコーストに消極的に加担した者のあることを暴いて、読者の心を凍らせた。だが一方で、追われるユダヤ人を助けるために自身の命を危険に晒したドイツ人もあったことを示し、人間の気高さを再び信じさせようともする。
 政治も、本来は後に残すためだった仕事も、生命を維持するためだけの消費に飲み込まれてしまったと『人間の条件』で語るアーレントは、その状況に絶望すべしと冷徹に説いているようにも、そもそも政治も仕事も虚しいが…と達観しているようにさえ見える。その反面で五章の終わりには、人間性に対する熱い賛美があるようにも思える。

 ここで全く関係のない話をする。もう亡くなった、20年〜30年ほど前に多くのエッセイが翻訳された、スティーブン・ジェイ・グールドという古生物学者・進化論者がいた。進化論者といっても、すべては遺伝子が生き残るための冷徹な戦略だとするドーキンスとは相容れず、そして論争には敗れたとされる。今は憶えている人も少ないかも知れない。
 短篇エッセイ・コラムの名手で、とくに印象に残っているのは
ミッキーマウスの目が登場以来どんどん大きくなっていった過程
・アメリカを代表するチョコバーのマーズが、値上げしたけどサイズも増量と言いながら、値上げ率を超える増量は一度もなされなかった検証(泣)
・そして「なぜ大リーグから四割打者は消えたかの考察」だ。
いずれも本業の生物学とは関係ないが、むしろ関係ない分野でダーウィニズムや科学的手法を活かした好エッセイだった。

 わけても興趣にあふれるのが四割打者の消失で、これは後に本の半分を占める大作にリライトされ単行本『フルハウス』に収録されている。
 大リーグの黎明期には何人もいた、打率四割を超えるスーパーバッターが、次第に減って消滅し現在に至るのはなぜか。バッターを不利にするようなルールの改訂やボール・球場などの仕様の変化・あるいは「要するに昔は本当の名プレイヤーがいたんだ。今の野球選手は器用かも知れないが、みんな小物になっちまったのさ」といった昔はよかった論を丁寧に却け(しりぞけ)、グールドが出す答えは知的にもエキサイティングで、また感動的だ。
 同じようなことを漫画や即売会の世界でも「昔は突出した天才や個性派がいた、巨人たちの時代だった(野球の話じゃないよ)。今はみんな小さくまとまってしまってる」みたいなことを言うひとがいてモヤモヤするたび、この「答え」には気持ちを助けられた。
 ぜひ実際の本で確かめてほしいと言っても、人が読書に割ける時間は有限なので白抜きで開示しておくと
四割打者が消えたのはルールや仕様が変わったせいでも、まして能力が下がったからでもない。
むしろバッターの技術は向上し、かつてより優れている。しかし同じ向上がピッチャーや守備のレベルも押し上げ、皆が高いレベルでゲームするようになった結果、突出した四割打者のような「ムラ」が出なくなったのだ
」というグールドの指摘には、人間というもの・その高みを目指す(こともできる)アビリティへの信頼・というより、それに賭けることにしたという信念や意志を感じる。

 無国籍者としての人生を余儀なくされ、ユダヤ人排斥に翻弄された、博覧強記で人間社会の脆さを説くアーレントに、ときどき感じる(もしかしたら「らしからぬ」かも知れない)人間性の賛美。それを信じるにはあまりに「信じがたくさせるもの」を体感した思想家が、それでもなお示す人間性への共感。人はときに気高い生きかたも出来るという信念もまた。
 ヒューマニズムとは、そういうものではないだろうか。
 そればかりを書物や人に求めるのも、また危険だとはいえ。
   
真ん中のアーレント解説書、入門者向けで分かりやすかったです。
あと全然関係ないけど今は『イーリアス』読んでます。

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