アイデアが物語になるとき〜『プリデスティネーション』(2016.02.16)
「
いいから観ろ。俺を信じるんだ」と言いたい処だけど、この映画を観ると「信じてくれ、悪いようにはならない」的な誘いは二度と信じたくなくなりそう…
現代あるいは近未来を舞台に、吸血鬼が多数派となり支配者となった社会(血液の「供給不足」で暴動が起きたりする)をスタイリッシュな映像で描いた『
デイブレイカー』。
その監督
スピエリッグ兄弟が、『デイブレイカー』と同じイーサン・ホークを主演に迎えた新作が『
プリデスティネーション』(2014年/日本公開2015年)。劇場公開時に時間が作れず見逃していた作品を、ようやくDVDで観る機会が出来た。結果として好かったのかも知れない。これから観るひとには日本語吹替版をおすすめしたい。
未見のひとの興をなるべく削がないよう最低限の基本設定だけ紹介すると、本作の
イーサン・ホークは時空を超えて犯罪を阻止するエージェントらしい。冒頭から重傷を負い、その任務の過酷であること・タイムトラベルは肉体も精神も傷つけることが示される。引退を勧告された彼は、時空エージェントをもってしても捕らえられない連続爆破魔に最後の戦いを挑むようだ。
と言っても壮絶なタイムバトルが展開するわけではない(終盤これでもかと繰り返すタイムジャンプのたたみかけは見ものだが)。彼が跳ぶ先は1963年。そこでなぜか酒場のバーテンに身をやつした彼は、もう一人の主人公を出迎える。連続爆破犯に共感する皮肉な口調、まさか…?
日本語吹替版が好いと書いたのは、精緻なプロットを追う(というか後から精緻さに気づく)のに分かりやすいことと、この「もう一人の主人公」
サラ・スヌークを吹き替えた
斎賀みつきさんが素晴らしい・というかすごいからだ。ちなみにサラ・スヌークさんもすごい。
というのも
★ここから先はネタバレ…でもないけど知らずに観たほうが楽しいので記事をたたみます。(クリックで開閉します)。
このサラ・スヌークさん、女優なんだけど「こんなハンサムな男優いたっけ?ノーチェックだぞ」な美青年としてイーサンの前に現れるのだ。しかも女性としても登場する。
それを声で完璧に演じ分けるのが、やはり女性ながらイケメン役のほうが多い声優の斎賀みつきさん。最初この男スヌークと女スヌークは交互に登場し、それだけでも「演じ分けすげー」となるのだけど、中盤ついに二人が出会い会話を始めた日には。
ためらいがちに声をかける斎賀さん(女)。うろたえながら答える斎賀さん(男)。おずおずと微笑む斎賀さん(女)。嬉しそうに笑みを返す斎賀さん(男)。ああ!
★たたんた部分ここまで。
というわけで声優ファンは一見の価値ありと思われる。
あらためて言うけど、サラ・スヌークさんもすごい。物語上、プロットだけ拾うと「理屈ではそうだけど、
そうはならんだろう」という展開が「二人」が出会い会話する場面以降にあるのだが、「ああ、これは
そうなる、なっても仕方ないよ」と練られた脚本+演技で納得させられる。せつない、それはせつない、同じ魂を持つ者どうし。良くも悪しくも理のまさったアイデア先行のストーリーが、物語として受肉したのは彼女の存在あってのことだと思った。
ちなみにスヌークさん、ハリウッド版『ドラゴン・タトゥーの女』でもリスベットを演じる最終候補五人まで残っていたらしい。
2010年の記事「
ハリウッド版『ミレニアム』ヒロイン候補はこの5人!」(シネマトゥデイ)
結果的に大役を射止めた
ルーニー・マーラがその後も活躍しているのは周知のとおり(
※追記参照)、もちろん彼女が演じたリスベットも見事で魅力的だったけど、スヌークさんも今後さらに好い役に恵まれるといいなと思ったのである。
『プリデスティネーション』は
超有名な小説が原作で、そのアイデアがフォロワーによって追随されまくった結果、今となっては定番・定石化しており、観てサプライズはあまりないかも知れない。内容も超スカッとするカタルシス!とは程遠く(むしろ真逆か)万人にオススメできる内容ではない気もする。ただ逆に、すれ違いや失意に終わる話だからこそ「あそこでこうしていたら」「いや、やはり変えられないのか」あの展開の意図は、あのエピソードの意味は…などと想像がかき立てられる作品だと言える。
そして主演俳優たちの演技と存在感、後から振り返ると発見がボロボロ出てくる精緻な脚本、それに1945年〜近未来(ちうても80年代なのだが)まで丹念に映像化したアートワークの美しさで、そうですね、どんなジャンルであれ作家のひと・作家志望のひとは観て損のない一作であると思う。
ついでながらトム・クルーズ主演の『
バニラ・スカイ』が好かったひとは、あの映画で異彩を放った
ノア・テイラーが「
だめだめ、このひとの甘言に乗せられたらロクなことない!」な役柄で再登場しているので、また楽しいかと思います。
オンライン配信もあるけど字幕版のみ+紹介文が相当ネタバレなんで要注意だぜ…
※追記:
『ドラゴン・タトゥーの女』でブレイクしたルーニー・マーラさんの最新作『
キャロル』が今まさに公開中で気になってる処なのだけど、同作は同作で当初ヒロインには『
キッズ・オールライト』のミア・ワシコウスカさんがキャスティングされていたのが諸事情で降板となり、マーラさんが代役を射止めたという経緯が。もちろんマーラさんで好いのだけど、うーん、みんなが幸せになれればいいのになあ。