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マツモト買い付け紀行(2019.11.24)

 松本には前から行きたいと思っていたのだ。
 十年ほど前、メンタルの不調で休養を取ることになった冬。18切符を使い、長旅に出た。金沢に向かう途上、長野を最初の宿泊地にした。善光寺に詣でて(隣接の東山魁夷の美術館が素晴らしかった)、境内にある洞のような穴に入った。暗闇を手探りで進み、岩肌に掛けられた鍵に触れれば幸福とか幸運とかいうアトラクションだったが、まだ精神が不安定だった。視界を失なったとたん動転してしまい、鍵にはさわれず口惜しい思いをした記憶がある。
 しかし本題は松本だ。昨年の初夏、上諏訪で開かれていた、街のあちこちの酒蔵を使った古本市というイベントに足を運んだ。そのときのことは漫画の題材にしたのだが(ペーパー漫画の総集編2018所収「彼女と彼女と酒と古本と彼女と」)、今年の本題は松本。

 先の豪雨で多くの地域が被害を受けた。松本も例外ではなく「友人のやってるビジネスホテルが宿泊客の大量キャンセルで泣いている」という嘆きの声がツイッターで拡散された。いわく、観光シーズンだが繁忙期料金にすら出来ない。紅葉の松本城を見に来てほしい。
 ツイートは数千か1万くらいリツイート(拡散)されていただろうか。だが、この善意の拡散者たちは大半が「誰か行ってあげて」と促しているだけで、本当に松本に泊まりに行く、素直というか、馬鹿はおるまいと思われた。いや、思い当たる馬鹿が一人いた

 結論から言うと、松本、素晴らしいところでした。
 街はおおむね平坦で歩きやすい。駅前や繁華街は賑わっているし、和レトロ・洋レトロの入り混じった街並みは見飽きない。

 駅から城までの間を東西に一本、川が通っている。街のあちこちには用水路、そして和風に昔を模した水飲み場が設けられており、至るところを水が巡っている快い印象を受けた。かつては城下町で木造建築が多く、防火が喫緊の課題だったのかも知れない。

 今のところ、街の推しは松本城・同市出身のアーティスト草間彌生・マスコットキャラクターのアルプちゃんらしい。プレミアム商品券を周知し、特殊詐欺への警戒をうながすアルプちゃん、かわいい。

 もちろん松本城への愛着は一番で、繁華街のなかに松本城の巨大なパネルを掲げた建物があったり、松本城を模した古本屋があったり。

 街なかに設置された灯籠ふうの電燈には、松本の主の入れ替わりを家紋で示した図が入っているなど。
 しょうもない見どころ(いや、それを見どころと思ってしまう自分がしょうもないのですが)として、ドラッグストアのマツモトキヨシ松本にあってフフッとなったりしたのですが ※マツキヨは千葉県松戸市が発祥の地だったはず。

それ以上に目を引いたのが駅前の「アメリカンドラッグ」。長野〜新潟にチェーン展開してるらしく、まあ中身はふつうのドラッグストアなのですが、この手のお店にありがちな童謡風のメロディと歌声で店舗名を連呼するジングル…ではなくおー♪おおー♪アメーリカァーン・ドラァァッグ♪ウエストコースト風?のサウンドで凛々しい男声ヴォーカルが響き渡る、味わいぶかい店内でした。
 (画像右の、含蓄が深いようで意味不明な布団屋の看板は別のところで撮影)
 しかし、ユルめの面白写真を撮りに松本まで出向いたわけではない
 風情のある街並みも良かったが、松本の特色として古本屋めぐりがけっこう捗ることを挙げておきたい。

 足を運べたのは5軒くらいだったけれど、さらに数店が徒歩範囲内にあるのでオススメです。面白いもので、最初に入った古本屋で(とりあえず何か一冊は…)とP.K.ディックの未読の文庫を買ったところ、次に入った古本屋に雑誌『銀星倶楽部』のP.K.ディック特集が。自分には思い入れの深いティプトリー・Jrも寄稿しており、これは御縁だなあと。松本の古本屋は、見えない糸でつながっている。
 そして三軒目に入ったお店で横浜から来たと話すとじゃあ次は○○と○○に行きなさい松本の古本屋は、見える協力態勢でもつながっている(笑)。
 御教示いただいた二つのうち、一軒はセレクトされた新刊が中心(?古本はなかったかも?)の独立系書店だったのだけど、先に教わってないと絶対に本屋だとは分からない。とゆうか一度は通り過ぎた

 文芸や詩歌、そして本にまつわる本が充実した小さな店内(靴を脱いで、絨毯敷にあがる)で目を引いたのが正木香子文字と楽園 精興社書体であじわう現代文学』(本の雑誌社)。今まで考えたこともなかったが、三島由紀夫の『金閣寺』と堀田善衛の『インドで考えた』・村上春樹『ノルウェイの森』など多くの書籍が同じ書体で刷られているらしい。少し中身を見て、川上弘美センセイの鞄』が単行本と最初の文庫化と二度目の文庫化でそれぞれ書体が違う、そのことによって小説の印象まで変わることを検証するくだりで、たまらずレジへ。こんなアプローチの批評があっただろうか?

 駅ビルに入ってる書店は改造社。コンパクトながら地元の旗艦店らしい矜持にあふれた品揃えで、具体的には人文や社会問題コーナーの充実と、郷土関連。山岳にまつわる本の特集がクマれて…もとい、組まれていた(三毛別羆事件の本なども複数あったのでつい)のも信州の土地柄かも。
 泊りがけの夕食は駅前で蕎麦。ツイッターで悲鳴を上げていた場所かは知る由もないけど市内のビジネスホテルに宿泊して、翌朝の朝食バイキングも満喫。東京方面に戻る前の昼食は、たぶん「松本 牛めし」で検索すると出てくる小さな料理屋で。とろとろに煮込まれた分厚い牛すじが最高でした。
 神社の前に昔ながらのお店が軒を連ねる「縄手通り商店街」も風情があって好いところでした。これから18きっぷのシーズンに、松本、いかがでしょう。自分は今回、過去のことを思い出して、善光寺の洞に再挑戦したくなったけど…

追記。
草間彌生氏の出身地ということで、バスも赤い水玉模様にラッピングされたりしていた松本から帰ってきて半月。ビッグイシューの最新号の表紙とカバーストーリーが草間氏で、ありゃまあ、これも御縁かと。幼少期からの幻覚や長じての差別(女性差別に、渡米してからの東洋人差別)に苦しみながら、もがくように制作を続けてきたことが分かる良記事でした。

他の記事も読み応え十分(地図の読み方など。新潟や金沢など、昔からの繁華街と駅が離れているのは・蒸気機関車だった頃は煤煙を避ける必要があった・切り返しなどに場所が要るというのも言われなければ思い当たらないことで興味ぶかかったです)。一冊350円の売上のうち180円が、販売するホームレスの人の収入になります。
(c)舞村そうじ/RIMLAND ←1912  1909→  記事一覧(+検索)  ホーム