時限つき二件〜三渓園・瑞泉寺(26.06.07)
しばらくは近場を旅しようということで、神奈川県内の日本庭園を二つほど訪なって来ました。
三渓園は横浜市中区・地下鉄の敷設が頓挫した経緯から、時に「陸の孤島」などと呼ばれたりする本牧の、さらに奥の院みたいな印象の位置取り。現存の鉄道は最寄りの山手駅からでも2km以上の距離で、バスを使うのが現実的。現実的でない自分は歩いたのだけど(どこから?と問うてはいけない…)

築いたのは実業家の原三渓(富太郎・1868〜1939)。岐阜出身で横浜の豪商に婿入りし、開国後の絹貿易で家業を発展させた由。そういえば神奈川県庁と中華街の間・パスポートセンターなどもある超一等地にはシルクセンター・
シルク博物館(外部リンクが開きます)なんて施設もあり、西洋向けの絹が明治の殖産興業に果たした役割の大きさは富岡製糸工場(群馬)などにも伺えるけど、横浜の隆盛にも大きなウェイトを占めていたと改めて知るわけで…
そうして積んだ富を投じたのが、あらためて
横浜 三渓園(外部リンクが開きます)。少し端折り気味でも1時間は楽に散策できる広さに、池は造る橋は架ける、樹は植える、そして気に入った建造物を各地から持ってくる(お金持ちってすごいなあ)

もっとフォトジェニックな池!橋!奥に三重の塔!みたいな眺めは入園して早々に拝めるのだけど、まだ自分のエンジンがかかってなくてスミマセン、上記の公式ホームページを御参照ください…春の花々と新緑ばかり撮りまくってしまった。

しかし実は面白いのが、本牧のさらに奥・現代から隔絶したかに見えるアナザー・グリーンワールドが、高台を登って三重塔の反対側・先々代の原善三郎が建てて(伊藤博文が命名したとか)三渓が増築しインドの詩人タゴールが長期滞在したという松風閣の跡地(関東大震災で倒壊)・現展望台から見はるかすと

パノラマ写真へたっぴ選手権で歪んでいるのは御愛嬌として、戦後の横浜をまた隆盛たらしめた京浜工業地帯の石油(ですよな?)タンクと湾岸道路がガッツリ見渡せて、借景のスケールがデカい。

なおコンビナート側の出口から出ると高台が切り立った崖になっていて、これもまた絶景のひとつ(?)。高架の湾岸道路の下を根岸方面に歩いて帰りました。
自分も長年ヨコハマに暮らしながら三渓園は初めてだったし、遠くから来る人にはやっぱり奥地で思い切らなきゃ訪れる機会も中々ないと思うけど(
ええんやでハマに来てくれるだけで…)金沢文庫などと並ぶ和のボーナスステージとして「いいところでした」と誘い水を撒いておく次第です。
原三渓、庭園を築いたりタゴールを泊めたりしただけでなく、美術界のパトロンとしても多大な功績を残したらしく。
いま横浜美術館で開かれている
暢気に描け―没後110年・日本画の革命児 今村紫紅展(外部リンクが開きます)で大々的に回顧されている
今村紫紅(1880〜1916)もまた、横浜で三渓の支援を受けた一人だったという。
いや、三渓園も初めてなら、紫紅なる画家を知ったのも今回が初めてなのですが、やー良かった。琳派の流れを汲む日本画の俊英として明治の日本で頭角を現し、夭折した晩年にはアジアに現地取材してインドや東南アジアを題材とした大作で新境地を開いた。
中国の故事に材をとった「虎渓三笑(←いかにも知ったげに書いてるけど当然これも今回初めて知った)」や、こちらは大メジャーな風神雷神などユーモラスにデフォルメされた絵にも、写実的な花鳥画にも魅入られる。周知のとおり最近ようやく植物(花や樹木)に関心が出てきた自分だけど、本展では鳥の絵(だいたいは掛け軸)が波長的にピンと来ました。とくに中国由来で日本画の題材として好まれてきた(←
当然これも今回知った)「叭叭鳥」が何度も描かれてて、好きだったのかなあ。

残念ながら日本画も、観るだけですら元手がかかる(展覧会の入場料に、やっぱり買わずにおれないカタログ代…)という悲しい再認識もあったけど「さわり」だけでもと思ったときに最適の作家かも知れません。どこか別の街にも巡回したらいいのになあ。
* * *
鎌倉の
瑞泉寺(外部リンクが開きます)は関東でも観られる
夢窓国師(夢窓疎石)作の庭園ということで、これも別の日に(そりゃあ別の日だろう…)一念発起、出向いてきました。

私事なんだけど(
この週記じたい私事以外の何物であるものか)鶴岡八幡宮〜瑞泉寺に向かう細道の途中にある
荏柄天神社(外部リンクが開きます)は自作まんが『
二人は恋人同士になれるかも知れない』で男装コスプレイヤーのアケルくんがコス仲間の姉さんたちに連れられて大学受験の合格祈願に来たところで―
※現在はBOOK★WALKERの電子書籍として販売中ですが「読んで気に入ったら有料のボーナストラック(後日譚)をどうぞ」な体で当該お参り部分を含めた正篇ぜんぶ(全体の65%まで)無料で読めるので、下の画像か、
こちらからどうぞ(外部リンクが開きます)。

―自分が鎌倉再訪した日も荏柄天神には修学旅行の班行動らしき中学生(?)の姿が散見されましたが、さらに瑞泉寺は鶴岡八幡宮からでも歩いて30分くらい要する・そしてバスなどもない奥地なので参拝客は少なめ。凝った庭園をマイペースで観賞できるはずです。
そしてスマンこっちも植生が見事だ。

自分は美術館でも庭園でも(先述の三渓園などでも)ついついイヤフォンでアンビエント・テクノなどを聴きながら観賞してしまうのだけど、この瑞泉寺にかぎってはイヤフォンを外して周囲の葉ずれとウグイスの声に聴き入ってしまった。いちおう動画(10秒)を貼っておきます。
音が出ます注意。
(動画を再生できないときは右クリックで「コントロールを表示」を選んでください)
(スマートフォン等で画面に動画じたい表示されない場合を想定し、また
Instagramにも動画を上げておきました。外部リンクが開きます)

しかし夢窓国師の作庭として国の名勝にも指定されているのは花樹にあふれた境内ではなく、(こちらも)その奥で意外なランドスケープを見せる庭園。

今回は二回目なのでパノラマ写真も慣れてきた(?)。天然ではなく人為的にうがたれた洞穴(昭和45年に再現)は、掘られた当時は座禅などにでも使われたのか、そういう見立てで観賞・観想するものだったのか。洞穴に至る小さな木橋も、池も含めて立ち入りはできない(それはそうでしょう…)
境内には下田から密航を試みる(失敗)前に吉田松陰がこの寺に挨拶に来たことを示す碑(徳富蘇峰の筆による)や久保田万太郎・吉野秀雄・山崎方代の句碑・歌碑、それに大宅壮一の碑なども林立。
余談ながら山崎方代の碑に彫られた歌は
「手の平に豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る」。久保田万太郎の碑は
「いつぬれし松の根方ぞ春しぐれ」という句だが、万太郎といえば
「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」なので鎌倉でお豆腐が買えたらよかったかも知れないが果たせず。そして豆腐にかぎらず万葉集の
「石麻呂にわれ物申す夏痩せの良しといふ物そ鰻(むなぎ)取り食(め)せ」(大伴家持)から現代まで、食べ物の句や歌ばかりを集めた詞華集、探せばありそうだけどどうなんだろう。歳時記よりもずっと食い意地に特化したもの。怒られるか。
さらに余談を重ねれば『恋人同士』の口さがない姉さんたちなら大宅壮一の碑文
「男の顔は履歴書である」に
「くっだらねぇなぁ」「男尊女卑」「いや英語で人間全体をman(男)と呼ぶみたいに、これも人間全般くらいのつもりで男と言ってるのかも知れんぞ」「それだって男尊女卑じゃん」くらいは言ってそうな気がしたけれど(手厳しいから瑞泉寺の作庭も「緑の庭から無常観あふれるランドスケープ出現でビビらせてやろうって狙ってる感がちょっと小賢しい」とか言うかも)
そんな姉さんたちが荏柄天神の帰りにアケルくんを連れてった(であろう)「キャラウェイ」のカレーを食べに激混みの鎌倉駅前・小町通りに戻る。40分待ちくらいの行列で南無ほかほかのチーズカレー。しかし悲しいけれど普通盛り(ごはん550g)は持て余す齢になってしまった…次回があれば小盛りかも。

食後はコーヒーでも良かったけれど「グレナデンのゼリー」なるものが気にかかる。店員さんに訊いても赤いゼリーですよ程度の情報しかなく、食べてみるとザクロっぽい、ザクロかなと検索で確認したら「グレナデン」やっぱりザクロでした。うまし。
帰路は北鎌倉を経由して大船まで一時間ほど歩く。メインの通りは北鎌倉駅あたりまで線路の西側なのだけど、駅の東側・切り立った高台がちの小道には、その高台を通す名物トンネル(洞門)がある。
緑の洞門こと北鎌倉隧道(ずいどう)は剥落のため立ち入れなかったけど

赤の洞門は健在。
「御会席・成吉思汗料理」の額のとおり、かつて高台の向こうにあった料亭のために通された隧道で、かなりのレア物件だと思うのだが通退学の高校生は「もう見慣れて珍しくもない」とばかりに通り過ぎていくのも趣ぶかかった。大船行きのメインロードに合流するあたりで、もうひとつ青の洞門にも遭遇・通過。
大船まで歩いたのは―や、電車を使わず「歩いた」のは単にケチだけど―閉店(店主引退)が告知されている
ポルベニールブックストア(外部リンクが開きます)に立ち寄るため。
店主さんのSNS(Bluesky)で紹介され気になっていた
朱喜哲『バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学』(NHK出版新書2026年/外部リンクが開きます)と、「I STAND with PALESTINE」の缶バッヂを購入しました。

三渓園や瑞泉寺は今さら逃げやしないけど、ポルベニールブックストアの営業は夏くらいまで(詳細未定)・横浜美術館の今村紫紅展は6/28までということで、気になったらお早めに。
*** *** ***
(26.06.20追記)
ポルベニールブックストア正式な営業終了が8月末に決まったそうです。
・
当店の後継の方の決定、および営業終了日決定のお知らせ(公式/26.06.18/外部リンクが開きます)
アミン・マアルーフを再発見する〜『アイデンティティが人を殺す』『サマルカンド年代記』(26.06.14)
八世紀にわたり埋もれていた『ルバイヤート』と、21年も邦訳が棚上げにされていた著作。今こそ本書が必要な時だと判断されての邦訳だとしたら…という話。
*** *** ***
先月5月の終わりだから半月ほど前の話になりますが、山下公園で開かれた第二回ヨコハマ反戦・反差別読書会に参加してきました。第一回の様子は
先月の小ネタを参照。←そこで書いたとおり、第二回はキチンと読む本を選んで、
アミン・マアルーフ『アイデンティティが人を殺す』(原著1998年/小野正嗣訳・ちくま学芸文庫2019年/外部リンクが開きます)を再読。5年前の冬に鎌倉駅前の島森書店で買って(
よく憶えてるな)すぐさま一読・これは重要な本だと思いつつ十分に咀嚼しきれず宿題にしていた、コンパクトながら侮りがたい一冊でした。

アミン・マアルーフ。『
アラブが見た十字軍』というタイトルからして稀有な歴史書(
2012年9月の日記参照―当時この本を選んで「9.11」に取り上げた自分の反骨よ…)の著者にして、アラブ圏(ベイルート)生まれのキリスト教徒・しかも母はカトリックで父はプロテスタントという出自をもつ彼は、
生まれてから得た様々な要素の複合は誰ひとりとして同じでない・そっくり同じ遺伝子を持つクローンの双子ですら生まれ落ちた瞬間から別の人生を歩んで「
取替え出来ない自分」を構築するのだという意味で「
アイデンティティ(という語)」
を捉えなおす(原義に立ち返る?)ことを提唱する。

原著が書かれた1998年―『文明の衝突』などという言葉で西欧と中東の対立が煽られる状況への焦慮もあっただろう。実際その煽られた対立は三年後にNYのツインタワーを倒壊させ泥沼のテロ・反テロ戦争に「結実」してしまう。
だから短期的には聞き入れられなかった(とも言える)この諌言の書で、著者は人種・国籍あるいは宗教…といった属性ひとつだけを「アイデンティティ」と呼ぶ誤用、それで個々人まで決めつけようとする浅慮をやんわりと、だが手厳しく批判する。
「誕生以来のイスラムの歴史についての分厚い書物を十冊読んだところで、アルジェリアで起こっていることはまったく理解できないでしょう。しかし植民地主義と脱植民地主義に関して書かれた書物を三十頁はど読めば。よりよい理解が得られるでしょう」
「ヨーロッパを近代化したのはキリスト教だったでしょうか?(中略)
次のように言うのが妥当でしょう。宗教は近代化の「推進力」などではなく、むしろ近代化に対して、しばしば激越な抵抗を示してきました」
僕が最初プルースト(失われた時を求めて)の言葉として知り、のちに(ギー・ドゥボールを通じて)14世紀アラブでも言われていたと知った箴言を、著者はレジスタンスとしてナチに銃殺されたフランスの歴史学者マルク・ブロック(1886〜1944)の言葉として引用する―どの民族か・どの宗教かで全てが決定できるわけではない、なぜなら
「人間はもはや彼らの父親の息子というよりは彼らの時代の息子なのだ」と。
ここまではよい。分かりやすい。
なんなら此処で帰ってもらってもいい。

5年前に本書を初読で「意外と手ごわい」と思った(
あ、たかだか舞村(仮名)
の感想ですので皆様は物怖じせず手にして軽はずみに読んじゃってください)のは、
「叡知とは尾根を縫っていく道、ふたつの断崖のあいだ、ふたつの極端な考え方のあいだを走る狭い道なのです」という語り手の姿勢のせいでも、あったかも知れない。
聖アウグスティヌスが時間について「誰もがそれ(時間)が何かを知っている。だが誰もそれ(時間とは何か)を人に説明できない」と書いたように、本書の訴えることは読んでるぶんには十全に理解できる。共感も、同意もできるだろう。
けれど「
普遍性と画一性は違う・普遍性は多様性と矛盾しない」「(複合的なアイデンティティの一部に過ぎない)民族や宗教で個々人を拘束してはいけないが、同時に(複合的なアイデンティティの構成要素としての)宗教や民族性・わけても言語を個々人から奪うことも許されない」といった思念・観念は、直観できるひとには「あ、うん、正しい」とすんなり直観できるだろうが、いざ自分が説明する側になると「なんで?」「そうは思わない」というひとを説得するのは意外に難しい。気がする。
個別性と普遍性の両立というポジティブな提案を、どっちつかずの妥協や、双方をチクチク批判するだけのコウモリ、さらには「調和も中庸もありえない、狭いセクトにこもった狂信とファーストフードのような画一性・どちらに転げても地獄でしかない(そして必ずやどちらかに転げ落ちるしかない)両極端のジレンマがあるだけ」という悲観と峻別することは(
とくに実践的には)そう簡単でなく思えるのだが如何か。
文明を「衝突」以外の形で出会わせようと、移民という事態の当事者双方に著者は呼びかける。移民の側には
「あなた方が受け入れ国の文化を受け入れれば受け入れるだけ、あなた方の文化はその国に受け入れられる」受け入れる側には
「自分の文化が尊重されていると移民が感じれば感じるだけ、彼は受け入れ国の文化に開かれていくものです」と。だがそれは「そうに決まっている」「黙っていてもそうなる」自明の理ではなく「かくあれかし」「妨害がなければそうなる
はずなのに」という願いであり、現実にはそうなりがたいという嘆き、ぜひとも現実に実装されるべきだが、著者自身が言うように
「狭い道」険しい隘路ではないのか。

短いスパンで見ると今「多様性を保ったままの普遍」という理想は猛烈なバックラッシュを受けている。前世紀にチトーが独裁をもって統合した多民族国家ユーゴスラヴィアは無惨に崩壊し、なにより多様性のトップランナーだったアメリカ合衆国が(政治や経済の首領みずから手を下す)最悪の分断で試されている現状に、僕は少々、悲観的になりすぎているかも知れない。
だが長いスパンで見れば―パリでもモスクワでも上海でもプラハでも「ファースト・フード」の看板が目に入ってくる一方で
「世界中どこでも、昔から海外に広まっていたイタリア料理やフランス料理や中国料理やインド料理ばかりでなく、日本料理やインドネシア料理や韓国料理、メキシコ料理やモロッコ料理やレバノン料理など、この上もなく多様な料理に出会う機会が増えているのもまた事実なのです」と述べる著者は、ピエモンテ人が自分を「イタリア人」だと思った瞬間から(同じイタリアの)ナポリやヴェネツィアの歴史に無関心でいられない・さらに自分を「ヨーロッパ人」だと思えばリューベックやアムステルダムにだって無関心ではいられない、そのように(元の小さなピエモンテへの帰属意識という「アイデンティティ」は保ったまま)自らを「ヨーロッパ人」と思えるようになる日を希望として語る。

それが『大衆の反逆』という誤解されがちな書名とは真逆に、民主主義と自由主義を最も寛大で、最も高貴なイノベーションだと称揚した
オルテガ・イ・ガゼットの主張(アラゴン人からスペイン人へ・スペイン人からヨーロッパ人へ、さらに世界人へ―
2016年11月の日記参照)と一致することに僕は打たれる。叡知の狭い尾根にそれぞれ真逆のルートから登攀を挑むように―オルテガが徹底してエリート・貴族の立場から語った理想を、アミン・マアルーフは世界のいたる街で韓国料理やレバノン料理に舌鼓を打つ凡庸な庶民・けれど取替えのきかない個々人の立場から説き起こそうとしていることにも、だ。
―今度こそ、これで十分でしょう。生国レバノンのクォーター制や、フランスのライシテ政策に対する彼の見解については「個々人」で読まれ、各自で判断を下してほしい。少なくとも「反戦・反差別のための読書会」で「あ、だったら」この本と思い当たる程度には、読む価値のある本だと思います。
* * *
僕自身こうして『アイデンティティが人を殺す』について(どうにか)語れるようになるまで、初読から5年を要してしまったわけだが
「刊行後、大きな反響を呼んだ名エッセイ」と版元の筑摩書房が謳う本書じたい、邦訳の出版までに20年の時を隔てているのは不思議なことだ(ただし日本国内で特にクルド人など中東出身の人々への差別・迫害が顕在化したタイミングという意味では時宜にかなってはいる)。
彼の名を世界的に高らしめた『アラブが見た十字軍』が原著1983年→邦訳86年、同じく高い評価を受けた(らしい)小説『サマルカンド年代記』が原著1988年→邦訳1990年と(リブロポートという版元の強力なプッシュもあってか)短いスパンで矢継ぎ早に邦訳にこぎつけた事を考えると、アミン・マアルーフ自身が日本では「忘れられた著者」だったのかも知れない。『アイデンティティが人を殺す』での再発見が、それを忘れられて「いた」に変えることを期待しつつ―
読書会の後すぐ『
サマルカンド年代記』も読んでみたわけです。『十字軍』と同じく牟田口義郎氏の訳。またか…と思われるでしょうが、
これがまた滅法に面白かった(
こんなんばっかりだな本サイト)。
いや聞いてくれ。
「『ルバイヤート』秘本を求めて」と副題のついた本作。その名のとおりアラブ・イスラム文化を代表する詩篇『ルバイヤート』をめぐる物語で、まず前半では11世紀を舞台に『ルバイヤート』の著者であり当代きっての知識人として知られた(のちの非ユークリッド幾何学の先駆とされる研究まで手がけていたらしい)
オマル・ハイヤームと権力の頂点にあった宰相
ニザーム=ル=ムルク、そして「アサシン」の語源として知られる暗殺教団を結成することになる
ハサン・サッハーブ、三つ巴の交友と訣別が語られる。ちなみに「アサシン」の名は「ハシーシュ(大麻)」麻薬による洗脳で暗殺者を作り上げたことに由来するという俗説は斥けられ、創設者ハサン・サッハーブが弟子たちを「アサーシユーン(アサース=原理原則に忠実なる者)」と呼んだことに由来する…などなど、ちりばめられたディテール。そしてエキゾチックで先の読めない展開。未読者には興を削ぐかも知れないけれど、敢えて一例を挙げるなら宰相ニザームを暗殺せんとする陰謀の逸話はどうだろう。
オマル・ハイヤームの紹介で若き秀才ハサン・サッハーブを宮廷に迎え入れた宰相は、やがて野心もあらわに牙を剥いた若者との謀略合戦に勝利し、その放逐に成功する。だが追放された野心家はニザームの主君であるスルタンに接近、両者は結託して老いた宰相の暗殺を画策する。暗殺者が待ち受ける砂漠に宰相を連れだしたスルタンは「父」とまで呼んでいた・今は疎ましくて仕方ない老人に
「そなたはまだどれほど生きると思っておるかの?」と問いかける。旅路が彼の死を目した罠であることも、既に病で己の命が長くないことも承知の老宰相は
「末長く」ぬけぬけと答える。「夢で預言者(ムハンマド)に〈生涯に積んだ善行ゆえに、余はそなたに死ぬ時を選ぶ特権を与えよう〉と言われたので〈私の望みは主たるスルタンより早く死ぬことだけです。主の死の床に立ち会う苦痛だけは御勘弁ください〉と答えたところ
〈その願い、聞き届けたぞ〉と預言者は申され、こうつけ加えました。〈その方はスルタンより四十日前に死ぬであろう〉と」(強調は引用者)。どうするスルタン、「わしを殺せばお前の余命も四十日だぞ」という老獪な脅し、真に受けちゃう?
…なんと
全編この調子なのだ。面白くないわけがない。
しかも驚くべきことに、この面白さは現代=20世紀初頭に舞台を移した後半でも持続する。
生前ニザームにより「イスラームの教えに反するから秘匿せよ」と命じられ、オマル・ハイヤームの死後モンゴル軍の侵入により失なわれた『ルバイヤート』は19世紀末、西欧にその存在を知られ熱狂的なブームを巻き起こす。ともに詩の熱烈なファンだったことで結ばれた両親のもとに生まれ、ミドルネームに「オマル」とつけられた米国青年ベンジャミン・Oが後半の主人公だ。彼が数奇な運命の導きでヨーロッパに、さらには中東に渡ってオマル・ハイヤームが遺した『ルバイヤート』幻の原本に巡りあう聖杯探究譚に、現在(20世紀初頭)はイランと呼ばれるペルシアで再び起きる政変がダイナミックに絡みあう…
西洋の近代的な小説と中東で育まれた芳醇な語りのハイブリッドという見立てを民族や宗教といった雑なくくりを批判する著者は良しとはしないかも知れない。が、まあ面白いこと。
そして無益な類比かも知れないが、たとえば同じ時代の日本―たとえば藤原定家と後鳥羽上皇の和歌を通じた関係が承久の乱と絡んでスリリングに叙述され(
テキトウです)さらに後半、時代が飛んで明治の日本で、たとえばフェノロサに随行して来日したお雇い外国人を語り手に(
テキトウです)消息知れずだった定家撰『百人一首』の原本が発見されるも関東大震災で再び散逸してしまう(
超テキトウです)なんて小説が、フランスなりアメリカなりに渡った日本人作家によって仏語なり英語なりで書かれて世界的な評判になる―そんな事って起こりうるかなと考えると、断絶だ衝突だと言われながらも西欧と中東の距離は(少なくとも日本と西欧・あるいは日本と中東よりずっと)近いのかも知れない、そんなことも考えました。
『サマルカンド』に先立つ最初の小説『レオ・アフリカヌスの生涯』も原著と間を置かずリブロポートで邦訳されていたようで、これも近いうち読んでみようと思っています。
糊して生きる〜夢の話(26.06.21)
自分が見た夢の話ほど、他人が聞かされて面白くない話はないという。
…
けさ見た夢の話をさせてもらう。ちょうど書こうと思っていた別の話のマクラに(寝て見る)夢が(素晴らしいという意味で)「夢みたいな話」なんて事は早々ない、
「夢と知りせば醒めざらましを」どころか醒めて「やっぱり現実のほうがいい」と思う夢ばかりだ―みたいな話を置くつもりが、
いやそのマクラは少し推敲が必要だなとばかりに「醒めざらましを」とは言わないまでも「もう少し見ていたかった」ちょっと面白い夢を見たのだ。
* * *
夢の中の僕は駅のベンチに座っている。
背もたれのない、人工皮革の黒い真四角のクッションが並んだ待合いベンチで(夢の記憶はすぐ揮発するから目醒めた今となっては詳らかではないが、もしかしたら遅延した列車を当てどなく待っていたのかも知れない)例によって文庫本を開いて読んでいると、隣席の若者が珍しく興味をもったらしく、横からのぞきこんでくる。
何だろなと思ったら、ちょうどめくって読みはじめた新しいページ・新しい章の見出しが「
智学」という二字で(どういう文脈の本でそういう章題になったかも不詳。
知りたいのだが)

横から覗きこんでいたのはスポーツ留学生なんだろうか、筋肉ありそうなガタイを白いジャージに包んだ外国の若者で、その胸に「
智学」と青い糸で刺繍されている。あー智学院だか智学館だかいう学校があったなあ(
智学「
館」だと起きてから確認)、彼にしてみれば「なんだなんだ、自分が通ってる学校のこと読んでるぞ?」と関心をもった・なんなら関係者に挨拶せねばとでも思ったようだ。トリニダード・トバコから来たらしい。
どうも季節は冬だったようだ。何か話さねばと英語で「How about Japan?」と尋ねると、夢なので英語で言ってることもなぜか概ね意味は分かるので、どうやら正月に餅を食べた・しかし餅というのは恐いもので食べて死んだ者もいるとニュースで見た、そんな話を聞かされた。
あー餅というのはライスをマッシュ&マッシュしてペーストにしたものだからね、スロートのインサイドにスタックして息が停まるんだよ、みたいなことを英語で言おうとして(そもそも「
マッシュ&マッシュ」はどうなのよ)「
ペースト」が相手の青年に伝わらない。ペースト↑?ペースト↓?発音が悪いのか。ならば文字で伝えようかと思ったら
恥ずかしいことにペーストの綴りが記憶にない。pastは過去だ。pea…?いやpeaは「ピー」、豆とかだな。スマホで「ペースト」と入力し英語の綴りを検索しようとするも、焦ると余計にモタつくものだ、フリック入力で「ペ」「ー」「ス」「ト」が上手く入力できないまま…目が醒めた。
夢には法則がある。
○○は金運の兆しとか、そんなのではない。見ている者が
知らない事物を夢の中で見ることは出来ない(夢の中で作曲するみたいな話はあるが)。
無理にその先を見よう・知ろうとすると夢はそこで強制終了される(つまり目が醒める)。この夢の中では「ペースト」の綴りが出てこなかったので「はい無理です」と僕の目は醒めたのだ。
なので、次に似たような夢を見たときは「ペースト」の綴りを説明できるよう、起きてさっそく調べてみたと思し召せ。
・
ペースト(paste)は、高い粘性のある流体。(Wikipedia)
あーそっか「p・a・s・t・e」と言えばよかったのか(夢で)と得心した後、ふと気づく。
もしかして、ペースト(paste)とパスタ(pasta)って同じ語源?
現実のほうが夢より「やっぱりいい」のは、主導権が自分にあって、そうと望めば何処まででも調べられるからだ。実は夢のなかで「えっとペースト、ペースト、コピーはcopy、カットはcut、キーボードのVの処にペーストって英語で綴りを書いてなかったっけ?」と虚しく足掻いたりしたのだけど、

もしかして貼りつける「ペースト」と柔らかい「ペースト」は同じ語源(柔らかいほうのペーストで貼りつけるからペースト?)で、しかも「パスタ」とも同じ語源?
…調べてみたら、そのとおりでした。
・
「paste」の意味・使い方・読み方・例文(モチタン英語辞典/外部リンクが開きます)
いわく
「pasteは、ラテン語pasta(生地)を源に古フランス語を経て英語に入った語で、「練ったもの」を指す名詞が糊を意味するようになり、そこから「貼り付ける」の動詞になった」。
そういえば、今みたいな固形スティック糊・さらには透明なアラビア糊よりも前、糊というのは軟性プラスチックのチューブに入った粘度の高い白色のペーストで、あれはまさに米を原料にしたものではなかったか。そういうのを「ヤマト糊」と言うのではなかったっけ?
…
調べてみると、今度は少し違った。
ヤマト糊の語源は「お米を使った糊」「お米を糊にする国で、僕は生まれた」ではなくて単にメーカーの名前。確かに糊の歴史の最初はお米を原料にした「姫糊(ひめのり)」だったのが→姫糊は腐りやすいのでホルマリンで保存性を高めた(もうひとつのメーカー名「フエキ糊」は品質が変わらない「不易」が語源の由)→しかしホルマリンは毒物で子どもが誤食しても害にならないよう現在はヤマト糊がタピオカ・フエキ糊がトウモロコシのでんぷんを原料にしているそうな。
・
たかが糊、されど『でんぷん糊』!(『営迫工房』のブログ/2020.12.06/外部リンクが開きます)
このブログにも書かれているように、そういえば「糊口を凌(しの)ぐ」なんて表現もあった。「口に糊する」「口に糊して生きる」などとも言う。
口に糊=開かぬようギュッと閉じて、このことは内密に…
という意味ではない。そういう時は「
口にチャック」と言う。
話が逸れた。
「糊口」の出典は中国の古典・春秋左氏伝だそうで、この「糊」がヨーロッパ圏でペーストの語源である「パスタ」と同じで「粉もん食って生きる」だったら面白いけど、
そうではなくて糊=ペースト状の粥、薄めた粥でどうにか食いつなぐ・やっとの思いで暮らしを立てている、くらいの語源と意味のようだ。んー、でも
中国ではお粥も貧しい食事とは限らんからなあとか、肝心の『春秋左氏伝』は「糊口」をどういう文脈で書いてるかまではネット検索で出てこないから「粉もん」にワンチャンあるのでは…とか悪あがきは(今は)やめておこう。餃子・ペリメニ・ラビオリ・日本の「おやき」や大福まで含んだ「ダンプリング文化圏」がユーラシア大陸に広がるように、パスタとペーストと糊が同じ語源で広がっているのが面白い、今回はそれで十分。
* * *
十分と言いながら派生した余談として、パソコンのキーボードでペースト(貼りつけ)に「V」のキーを割り当てる慣わしの話を少し。
コピーがC、すべて選択がAllのAで、終了がQuitのQ、それらは分かる(QはWindowsユーザーの人にはあまり馴染みがないかもだが)。なんでペーストがVなのという素朴な疑問にたいして「Pはプリントが先に使ってしまっているから」「AやC・カットのXと近くにまとめて(さらに右手でマウスを操作していても左手だけで打てるので)使い勝手を考えた」など諸説あるが…個人的には(他に誰も言ってないので違うんだろうなと思いつつ)アラビア糊のスティックを貼りつけるように逆さにした状態はVの字に似てないか?そう思って、そうやってV=ペーストを脳内に位置づけたものだった。

あ、うん、実は「Xはハサミ」というのも俗説とゆうか本来の「語源」ではないらしい。これも調べてみた。
・
カット、コピー、ペースト、アンドゥをX,C,V,Zに割り当てたのは誰なのか(usagimaru/note/24.2.1/外部リンクが開きます)
ちなみに上記のブログで触れられてるZ=
アンドゥはアンドゥで、抗生物質や原子爆弾・ポストイットやそもそもコンピュータなどに匹敵する
20世紀最大の発明のひとつだと思っているのだけど(ポストイットを20世紀最大の発明のひとつと言ったのは…ドナルド・ノーマンだったかしら←うろ憶えなので迂闊に信じないように注意)今回の日記(週記)の議題とは関係ないので措く(
ほっとくとどんどん派生しちゃうんだよ)。
話を戻すと、上記のブログによればXはハサミではなく「削除」(ペケかも…まあこれも今回は本題ではない)・そして本題のVは「挿入」を表わす記号だから「ペースト」をアサインしたのだという。
謎はすべて解けた!

すべて解けたと言いながら、本当は世の中に謎が尽きることはないし、真実がいつも一つとも限らない。糊にまつわる派生の余談をもうひとつ。
十年以上も前にネットで読んだ話題。
「嘘ひとつ封をし終えて卓上のアラビア糊は寝静まるかな」(斉藤真伸)という短歌に「意味不明で理解できない」という評が短歌誌に載って「いい歌なのに」とプンスカしているTwitter(現X)の投稿。読んだ僕は思った。この「理解できない」の評者は「アラビア糊」という言葉を知らず「卓上のアラビア・糊は静かに」と分かち読みしてしまい「なんで唐突にアラビア?理解できないぞ?」と考えたのではないか。
別の場所で(これは僕じしんが原典を読んでの話)「川越ゆき」という言葉を折りこんだ―電車の「川越行き」と考えれば簡単にスジが通る歌を評者三人が「川越ゆき」という人名と思いこみ「ここで唐突に固有名詞が入るのがシュールで良い」などと評価されていたことがある。誰でも言葉を知らなかったり(
ペーストの綴りが出てこなかったり)うろ憶えだったりすることはあるので、それで意味不明と思ったことは「意味不明・理解できない」ではなく「そこがいい・シュールだ」と
褒めておいたほうが後のち傷は少ないと思うのだが如何でしょう。(この項おわり)

…「おわり」と言いつつ屋上に屋根を重ねるが(
今週はクドい)なにせ一知半解・知ってるようで知らないことが多いと今回の日記の今までだけでも再確認できた自分。「アラビア糊」を液体糊の別称だと思い込んでるけど、それって合ってるっけ?と気になり、念のため確認したら面白いことが分かった。
実は「アラビア糊」で(なるべくGoogle社のお世話にならないよう別の検索エンジンで)調べると、最初に出てくるのは「封筒の封の部分についている、水などで湿らせて貼る塗布された糊をアラビア糊と呼ぶ」という説明なのだ。なるほど、それで「嘘ひとつ封をし終えてアラビア糊」か、いやでもソレだと「卓上のアラビア糊」とは言わないだろう、やっぱり液体糊のことじゃないのか…
両方とも「アラビア糊」と呼ぶらしい。透明な液体の糊も「アラビア糊」でいいのだ。その名も「アラビック・ヤマト」という液体糊が50周年だかで作られた特設サイトに、ちゃんと説明があった。
・
ひみつ6:なぜアラビックヤマト?(ヤマト糊公式/外部リンクが開きます)
それによれば
「昭和30年代まで、アラビアゴムの樹液を主成分としていた液状のりを、別名「アラビアのり」と呼んでいました」で、アラビアゴムを合成樹脂に置き換えたのが、ペーストの「V」の由来としてもおなじみ(
だからその解釈は違うて)アラビック・ヤマトというわけだ。封筒に塗ってある糊・透明な液体糊・どちらもアラビア糊。真実がいつも一つとは限らない。目が醒めているかぎり謎と謎解きは続く。素敵じゃないですか。
夢のなかで僕(と智学館の留学生)が待っていたのは「川越ゆき」の列車だったかも。それはないか。
旅にヤンデレ〜アミン・マアルーフ『レオ・アフリカヌスの生涯』(26.06.27)
毎月末に更新しようと思っていた台湾旅行記(まんが)が間に合わなかったので―どうせなら当初の目論見より加筆してやろうなどと開き直りつつ―差し替えで短めの話。
*** *** ***
昔はデラシネ(根なし草)などと言ったのである。
旅にヤンデレ(
違う)夢は枯れ野を駆けめぐる。
突然ふってわいたアミン・マアルーフ再評価(新たに読んだものもある)、『
レオ・アフリカヌスの生涯 地中海世界の偉大な旅人』(原著1986年/服部伸六訳・リブロポート1989年)も、はい、面白かった。いや、すごい面白いんじゃないかな。
逆に分かりにくい喩えかも知れないけど『
黒の過程』(マルグリット・ユルスナール作。16世紀フランドルを流離う錬金術師の物語)とか『
享楽主義者マリウス』(ウォルター・ペイター作。2世紀のローマでエピクロス派・ストア派・さまざまな思想を遍歴した主人公がキリスト教徒として生涯を終える話)とか好きなひとはピンと来そう。立志伝とか歴史の立役になるような生涯ではないんだけど、その傍流・歴史の激動の中で、地理的にも、思想的にも流浪する主人公。
マアルーフが題材に選んだのは実在の人物で、ハッサン=アル・ワッザンとしてグラナダに生まれた彼はフェズ→トンブクツー→カイロ→コンスタンティノープルとマグレブ諸国〜地中海を渡り歩き→そしてローマでヨハネ=レオ・ド・メディチ(またの名をレオ・アフリカヌス)と名前を変えたのち、かつて栄華をきわめたカルタゴの遺跡に辿りつく。そこを現世での終の住み処・けれど
「あの最後の"場所"へ向かって行く」最後の中継点と定めて(実際にはそれから30年くらい生きる)―
とすればこの富と没落・愛と別離・奴隷に身を落としたかと思えば教皇の側近に昇りつめもする、そしてその間ずっと世界の知を求めつづけた彼の浮沈の半生を、あるいを本書のテーマそのものを集約しているのは、まるで蝶番のように長い物語の真ん中あたりに置かれた、こんな述懐に違いない:
「誰でも同じようにキャラバンの中に溶け入ることができる(中略)
数週間あるいは数ヵ月のあいだ、同じ方向へ進み、同じ危険に直面し、生活し、食べ、祈り、喜び合い、苦しみ合い、そして時としては共に死なねばならないとき、これらの旅人はお互いに他人であることをやめる(略)
それは一つの部落であって(略)
この部落から見ると、あらゆる国、いま別れてきた国も、いま通過しつつある国も、すべて遠い国に見えるのだ」
もう本サイトで何度も何度も引用した、元はバタイユに由来するというあの書名=
「何も共有していない者たちの共同体」と、その著者が自身の体験から書いた「異国で何も頼れない状態に陥って、言葉も通じない、信じられる理由もない赤の他人になぜか救われる」という(
23年5月の日記参照)その意味が、15世紀と16世紀の狭間を生きた世界人レオ・アフリカヌスの人生観にも木霊しているのが分かるはずだ。民族も宗教も異なる者に幾度となく救われ、異邦人をこそ友として持つ生涯。

↑むかし友達にプレゼントされた坂田靖子「タマリンド水」の扉絵をプリントしたトートバッグ。異国で遭難した主人公が、言葉も通じない人たちに救われる短篇だった。
あるいはイヴァン・イリイチが『シャドウ・ワーク』で書いたとおり、ジェノバに生まれジェノバ方言からラテン語・ひいてはポルトガル語・スペイン語へと使用言語を変えていくクリストファー・コロンブスの生きかた(
25年5月の日記参照)も、この時代にあってはそう珍しいものでもなく、ひとつ国に留まらないという意味では(ルウム人の都でついにキリスト教の洗礼まで受ける)吾らが主人公の魂の兄弟と言えるのかも知れない。実際「レオ・アフリカヌスの生涯」は
「地球は丸いのだから西方に行ってインドに到達する」と資金集めに奔走する
「クリスバル・コロン」の旅路と一瞬だけ交錯するのだ。
何より、本作を読んでようやく、これもまた何度も此処で引用した
「土くれより創られし我が身なれば、それがありし何処も我が祖国にて、世の人すべて我が同胞なり」という詩句(
24年7月の日記参照)、あれを書いた詩人もまた―11世紀シチリア「出身の」アラブの詩人と言うからには―生まれた国を「出身」と呼ぶような旅の・流浪の生涯を送ったのではと思い当たる。それはまた、生まれ育ったベイルートを政治的理由で去った作者アミン・マアルーフ自身の境遇にも重なる―十年後・西欧世界に台頭する反イスラム主義を危惧して、帰属意識(アイデンティティ)は人を殺すと説いた彼の世界観・道徳観にも。
「愛国心を持つなら地球に持て」と言ったといわれるジミ・ヘンドリックスは、今でこそアメリカのシンボルのように思われているけれど、最初に受け容れられたのはイギリスのライブハウスでだったという。ちなみにこの「地球に」は原文だと「Earth」なので、それは彼がクールに「太陽から三番目の石(Third stone from the sun)」とも呼んだ惑星のことかも知れないが、小文字のearth=千年前の詩人が謳った「土くれ」だと思ってもいいように思う。
実際に各地を放浪したり、他の国に移り住んだり(移り住むことを余儀なくされたり)せず、長く一箇所に留まるような生涯でも、自分の出自や今いる場所への帰属意識が希薄なタイプの人は一定数いるような気がしてならない。
いや、それは「定数」ではなく変数・社会の関数で、人が定住志向になるか移動志向になるかは社会的状況に大きく左右される部分のが強いのかも知れないけれど(典型的には19世紀にアイルランドから北米大陸に渡った人たちや20世紀に日本から南米大陸に渡った人たち、21世紀の今まさに難民と呼ばれている人たちは、皆がみな自発的に出立を望んだわけではないだろう)
どちらかというと真逆に帰属意識(愛国心や愛郷心・国旗や特定の血筋を賛美すること)が声高に称揚される今のこの国でも、それは「声が大きな者(国家とか企業とか)」が声高にそう喧伝してるだけで、必ずしも皆の自発的な思いではないのではないか。今この場所に自分のアイデンティティまで預けたつもりはないと燻(くすぶ)る、声にならない声も一定数あるのではないか。
もうここにはいられない、早く旅立とうと謳うボカロ曲(あ、いや、これを「ボカロ曲」と分類していいのかも分からないくらい今どきの音楽には疎いのだけど
「BAD LANDに生まれただけでBAD LIFEがデフォ」とか結構エグい歌詞を見る気がするボカロ曲周辺)を耳にして、よく言えば(?)漂泊の想い・悪く言えば厭世の情が基調音になってもおかしくない現状なんだよなと改めて想う。若い人は尚更そうかも。
ちなみに「旅人同士の一体感の前では、どんな街も通過点にすぎない(要約)」というレオ・アフリカヌスが青春の感慨を語る次のページには、そんな彼がアトラス山脈(どこだ?)の麓で世慣れた伯父に耳打ちされた、こんな言葉がある。
「もし誰か、吝嗇(けちんぼ)は欲求不満の娘だ、というものがいたら、お前はその者に言ってやるがいいよ。吝嗇を生むのは税金だ、とな」

ああ、16世紀にしてそうか―いや遠い日本の貧窮問答歌から800年は経ってると思えば「まだ」そうか、「相変わらず」そうかと思うけど。
現代の日本ではこの6月末がだいたい、地方税の一括払い・または分割払い一回目の〆切であるように思われる。皆様もう払われましたか。旅に出たくなりませんか?(
そういう話じゃなかった気がする…)
*** *** ***
(追記)SNSのタイムラインで、同じ朝日新聞の一日違いの記事がキレイに並んでて力ない笑いがこぼれてしまった。
’
「家賃上昇の凍結」が実現へ ニューヨーク・マムダニ市長の看板政策(26.06.26/外部リンクが開きます)
・
最低賃金1500円、期限先延ばし 政府調整「30年代前半早期に」(←あ、こっちはニッポン/26.06.25/同)
小ネタ拾遺・26年6月(26.06.30)
(2026.06.01)韓国のSF作家
キム・チョヨプの作品集
『惑星語書店』(原著2021年/カン・パンファ訳・早川書房2025年/外部リンクが開きます)を読了。少しネタバレになってしまうので当該部分は伏せると、冒頭の掌編「サボテンを抱く」に妙な既視感を憶えたのは
★いちおうネタバレなので伏せます(クリックで開閉します)
アンドロイドによる介護
という主題が、同じ早川の
『台湾文学コレクション1 近未来短篇集』(2024年/外部リンク・(
今年3月の日記も参照)に収録された
姜天陸の短篇「
小雅(シァオ ヤー)」と重なったため。各々まったく異なる展開を見せるけど、SF作家という少し持ち上げて言えば船の舳先に立って水平線の向こうから見えてくる景色を真っ先に見る人たちが今、台韓という隣国で「そこ」を関心領域として共有していることに少し慄いた。
既視感といえば表題作「惑星語書店」の書物というガジェットを媒介に、二人の女性の間で顧客と販売者の枠を越えた親しい感情が芽生える結末に―
「舞い上がるような、ダンスでも踊りたい気分だった。わたしたちは友だちになれるだろうか?もしなれなくても、彼女に会えたことが嬉しかった」―日本の、
王谷晶さんの短篇集
『完璧じゃない、あたしたち』(2018年→ポプラ文庫2019年)に収録されてた「
あなたのことを考えると無駄になる」を思い出して、ちょっとフフッてなった。こちらは靴という商品を媒介にした女性ふたりのロマンス。いや、それ以外は似ても似つかないというか、同じ原子で構成されながら構成の向きが正反対な光学異性体みたいで、

サイエンス・フィクションとシスターフッドは相性が良いのかも、どっちもSFだし(
超適当で無責任)。同じ本を読んでも「それでどの別の本を思い出すか」は千差万別。それを孤独と厭うか、かけがえのなさと貴ぶか。6月です。
(26.06.03)いい具合にヘニャったトップ○リュの焼きそば麺(半額見切り品)を焼かないで、四月に台北の夜市で食べた台南名物(台南には行けなんだ…)タウナギ麺を見た目だけでも真似してみる―イワシ缶で。これはこれで!

台北で食べれる台南名物では碗■(米へんに果)ワーグイも美味しかった。真っ白なモチモチの生地の下に甘辛の具がたっぷり。あっちは真似…出来なかないだろうけど、たぶんえらい手間。どっか日本で食べれんかな。
(26.06.06)東京で所用の帰り、足を延ばして
第7回難民・移民フェス(外部リンクが開きます)を少しだけ覗いて来ました.東京タワーの真下にメッセージ性の高いTシャツや缶バッヂを身につけた人たちが(そうでなく普通にカジュアルな人たちも)わんさかわんさか。ナンと春巻き(の皮)の中間くらいの生地で挟んだ焼きバナナサンドに、デーツを芯にしたトリュフチョコ、バクラヴァ「もどき」って何ですか?と尋ねたら本物のバクラヴァがパイ生地なのに対して「もどき」はクッキー仕立てとのこと、ピスタチオ味。赤いジュースは何だろう、訊きそびれたけどザクロ系かなあ(明日のメイン日記に続く予定…)。

チョコがけデーツ(トリュフチョコ)は高騰が続くとゆうか環境的持続性が危ぶまれるカカオの使用量は少なめに甘味(満足度)はキープという意味でも伸び代があるスイーツかも。てゆか元からデーツ文化圏な人たちが自分たちの間で定番にしてくれて、そうした人たちが今後も日本に住みつづけてくれて、日本人の自分なども(もちろんお金を出して)お裾分けにあずかり双方ニッコリみたいな形が望ましいので、今の国を挙げての排外路線はやっぱり気に入らんのです。
(26.06.11/ちょっと悲しい話)いわゆる「四苦八苦する」の四苦が生・老・病・死の苦しみなのは知っていたけれど残りの四苦(あわせて八苦)の中に、わざわざ一項目たてて「怨憎会苦(イヤな相手に出会う苦しみ)」が挙がっており数千年前・釈迦の時代からそうなのかーという悲しい感慨がある。昨年から(だったっけ)会社勤めを始めた甥っ子1号の目下の悩みが「反りの合わない同期と春の異動になっても同じ職場にまた配属されて離れられない」であるらしい。
(26.06.12追記)ちなみに四苦八苦の前半の四苦は
「海は死にますか 山は死にますか」でお馴染み(?今のひとは御存知ないか)往年のヒット曲・
さだまさし「
防人の歌」二番のサビでそっくり借用されている。海は死にますかと同じメロディで
「生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと 病の苦しみと 死にゆく悲しみと」と歌われるのだ。
てゆか実は「海は死にますか 山は死にますか」じたい「山川草木悉皆仏性」だけでなく―いや、この言葉は(草木などの仏性を否定していた)古代仏教ではなく比較的あたらしい概念なのだと説く
岡田真美子氏の論文
「東アジア的環境思想としての悉有仏性論」(『東アジア仏教:その成立と展開:木村清孝博士還暦記念論集』2002年/外部PDFが開きます―本サイト
今年3月の小ネタも参照)によれば戦前・戦中派の人々の間には膾炙していたという
乃木希典の詩句
「山川草木轉荒涼」をも踏まえていた可能性が高いと見ていいだろう。「防人の歌」は乃木希典と日露戦争を描いた映画『
二百三高地』の主題歌として書かれたのだから。映画制作者から「随意契約」でオファーされたのか、競合するミュージシャンとの「競争入札」に臨んで勝ったのかは不詳だが、よく作り込まれている(と考えられる)のは事実だ。さだまさし侮りがたし。
ちなみに上記論文には「防人の歌」(←あ、これ自体については言及まったくありません)に先立つ1960年代、環境保護の文脈で山川草木悉皆仏性の概念が浮上してきたことが示唆されているが、そもそも「山川にも仏性がある」「成仏する」から「山も川も死ぬ(海は死にますか 山は死にますか)」と話を一気に「死」へと転換し、最終的には
「私の大切なふるさともみんな逝ってしまいますか」という悪く言えば脅迫めいた詠嘆に落としこんでゆく「防人の歌」は(四苦八苦や悉皆仏性という仏教の概念を「防人」という仏教にはあまり由来しない制度と結びつけたことも含め)宗教・あるいは宗教的な「魂」などを足がかりにした環境保護の思想が、けっこう容易く国家主義に接続され、からめとられうることを示してはいないだろうか。エコロジーとナショナリズムは親和性が高い(側面もある)のだ―遺憾ながら、と敢えて言いたい。
(26.06.14)操作を誤ったのだか、罠にはまったのだかして、Amaz○n primeの無料お試し期間を始めてしまった。まあ有料会員に移行する(つもりは全くないので)ギリギリ直前まで、時間と相談しながら劇場で見逃していた映画など積極的に観てやろうと思いつつ、まずは『瑠璃の宝石』とか観始めてます。
(同日追記)空腹ではないが何かに飢えている・でも手に取るもの手に取るもの「なんかコレじゃない」で自分が欲してる味覚に至れない、そんなことってありませんか?あ、いや昨日(強制的に)お試し開始させられたア○プラの動画ラインナップの話ではなくてね?なくて…ね?(昨晩てはじめに観たサスペンス映画が微妙だったらしい)(気になってた『落下音』を映画館で見逃してしまい、まあ自分に向いてたかは兎も角「落下音の口になってたのにー」て事はあるかも知れない)(ありがたいことに読書はアタリが続いている)
(追記の追記)土日それぞれ一本ずつくらい映画を観たかったけど、無理ですね…どんどん時間の使い方が下手になってるかも。そして近ごろ映画とか観るたび「
なんで皆こんなに部屋が片づいてるんだ」と思う悲しさよ(
どこ観てんだ)…また後二時間たらずで週末が終わります。おやすみなさい、また明日。
(26.06.16)観光やグルメよりも地元民らしく?食材の調達に行くほうが多い横浜中華街。長く個人的な名所だった超級市場(食材と雑貨のお店)が閉店・ここでしか調達できない廉価な乾燥大豆ミートが入手できなくなって二年。アメリカ産の大豆を長野県で加工という製品だったので、松本に旅行した際にスーパーで探したり、あるいは素食(ベジタリアン)が盛んな台湾で同等の商品が手に入らないかと市場や迪化街を虚しくさまよったり、実はけっこう苦慮していたのだけど

閉じたはずの店舗の二階で営業再開しているのを発見。お土産物の物産中心になった印象だけど大豆ミートは健在で、またベジ寄りの生活に戻れそう(動物蛋白も摂取してるけど)。中国語の本も少し売りはじめていて『羅小黒戦記』の小説版だかスピンオフだか―ということは簡体字かしら―など何冊も?あったので、中華街に出向く機会のあるファンのかたは覗いてみては。
(26.06.17/
センシティブな話題)リアル店舗でのDVDレンタルという業態が急速に廃れたためシリーズ途中まで観て途絶えていた『ルパパト』こと『
快盗戦隊ルパンレンジャーvs警察戦隊パトレンジャー』でしたが、YouTubeで毎週2話ずつの「再放送(配信)」で無事完走できそう。まだレンタルDVDで観ていたシリーズ序盤、快盗側の「ルパンブルー」と警察側の「パトレン1号」がそれぞれ「
イケボ」「
胴間声」の擬人化みたいなハマり役で、絵まで描いて大喜びしていたのですが

この手の番組(戦隊とかプリキュアとか)の常として一年にわたる長丁場のテコ入れと、親御さんの夏のボーナスを見込んでか新しい玩具の市場投入を兼ねてチームに加わる「追加戦士」の枠がある。『ルパパト』だと中盤から登場する「X」こと高尾ノエル・国際警察に所属するパトレンXでありながら潜入捜査官として快盗にも協力するルパンXでもある=つまり構成上も二つの戦隊を橋渡しするポジションの彼が―
先に謝っておこうスミマセン―童顔ならぬ童声というか、オールマイティな強キャラの位置づけに反して敵の怪人なんかに反撃を受けて「ギャー」とか上げる
ハイトーンの悲鳴がいちいち画面映えして嗜虐心だか被虐心だか分かんないけど、新たな第三の属性で
本当に良かった(
本当にスミマセン)…それがまた制作陣も分かってるみたいに攫われて敵の本部で十字架にかけられたり「危ないっ!」と味方の前に立ちはだかって敵の攻撃を身代わりで受けたりするんだ…。その分野に詳しくはないんだけど、アニメーションだとKENNさんという声優さんが、バトル物なんかで悲鳴を上げさせたら最高だなあと感心したことがあって
大丈夫かこの話題。
イケボのルパンブルーと胴間声のパトレン1号、それに悲鳴で魅せるX。他のキャラも漏れなく愛おしく(温水洋一さん絶対に途中で本性を現す黒幕だろうと思ったら純粋に善意の味方キャラで
重ね重ねスミマセン)良いシリーズでした。
(26.06.19)もっと確たる成果が出てから報告でもいいんだけど―ずっと前からしてみたかった、
かき氷機(機?)
を買って夏のアイスに置き換える始めました。

初回は自分にサービスで小豆あん(市販のぜんざいパック)を使ったけれど、慣れたら自分で緑豆を茹でて台湾風にしてみる所存。あと台湾風といえば現地では大きさにビビって食べられなかったマンゴーかき氷に、ジュースか何か使ってジェネリックで挑戦できそうとか、練乳と卵黄で倉敷風(西日本風?)のミルクセーキを作るとか、あとは業スーでシロップ買ってきて実は一度も食べたことないブルーハワイに初挑戦してみたり?

↑これは十年ほど前に迪化街で食べた杏仁露。器の底に張られた杏仁豆腐を小豆あんで覆い隠して、さらにかき氷を盛りつけた小碗の涼味。小豆あんでなく緑豆あんも選べたが、今もあるのかは不詳。
(26.06.20)「子どもを寝かしつけたらサッカー観戦」とか「勝利を祝ってビールで乾杯」とか「AIに訊ねてオフサイドのルールをおさらい(
こういう広告は見たことないから僕の創作なんだけど)」みたいなアドがネットにもリアルな街にも溢れている今月の現状に、半年後これと同じくらいの状況が「改憲推し」で仕組まれるのかと。旧い(そして現実の生物界ではないらしい)喩えだけど、海に転げ落ちてゆくレミングのよう。
(同日追記)
(26.06.21/おわび)こう見えて―どう見えてるのか知らんが―例によって気力が満タンの30%くらいまで落ちこんでいるので(去年の今ごろ「よーし金曜の夜だし仕事ハネたこの足で池袋から神保町まで歩くかー」とかやってた頃はまだ70%くらいあったと思う)東京どころか自宅から駅まで歩くこともあたわず…
「ヘイトにNO!6/21国会前アクション」(移住連とno_hate_2026/Instagram/外部リンクが開きます)参加者の皆様、応援しておりますので…ご無理はなさらず…
(26.06.22/エレジー)あらためて、つくづく、「郡上先輩にとって特別だった寮長をマーク外す飛び込みでサッと奪い去る上伊那ぼたん」なんだよなあ……原作の中でも特に好きなジンランちゃんの「早く帰ってきてね?」までアニメ化ぶんに入るといいなあ。もう入ってる?(遅れて観てる)。おやすみなさい。
(26.06.23追記)フジファブリックを通過しない人生だったけど、時々ネットで流れてくる女声のカヴァーにハッとなったりしています。
(06.23追々記)あまりにノーコンテキストな朝の書きつけだったので文脈を補っておくと、アニメ『上伊那ぼたん』に、ギターが得意な女の子が楽器店で、機嫌を損ねた相方が好きなフジファブリックの曲を弾き語りしはじめて、サビは二人で合唱・にっこり仲直りというエピソードがあって、別の曲だけど「若者のすべて」(のカヴァー)を思い出した次第。
ちなみに「マーク外す飛び込みでサッと奪い去る」の元ネタは、フジファブリックではなく小沢健二。為念。
(26.06.24)宮澤賢治以来(?)電柱にロマンを感じるひとは少なくないようだ。僕は純粋に歩きにくくて邪魔としか思えないのだが「そういえば昔の電柱は本当に木だったんだよなぁ」…金属製の胴体や、合成ゴムのカバーにまでプラタナスのような(?)模様を施した電柱を見かけて、面白いことを考えるひとが居るもんだと少し感心してしまった。「電柱 プラタナス」「電柱 模様」などで検索しても、製品名や番号は出てこないのだけど…

しかし原発には何のロマンも認められない。ロマンじゃなくて金満に群がる輩の宿り木になった現代では尚更のこと。
・署名:
原発の「建て替え」方針に反対(change.org/外部リンクが開きます)に賛同しました。
(26.06.26)炭酸が飲めるひとがエナジードリンクで日中の意識を(正気を、とは言うまい)保っているように、炭酸が飲めない自分は読書で日中の意識を保ってる気がふとする。正気を、とは言うまい。
(26.06.28/少し長めの小ネタ/すぐ消す/月末に拾う)先月末に名前だけ取り上げた
チョン・セランの短篇集『
私たちのテラスで、終わりを迎えようとする世界に乾杯』で印象的だったのは、酔っぱらいが騒ぐ繁華街も女同士ふたり車で間を通り抜ければサファリパークの珍獣を眺めるようで怖くない―という見立てのショート・ショート(ショート・ショートだと、この見立てひとつで作品が成立する)で「
いや嘘だ、やっぱりああした酔っぱらいたちは怖い(要約)」と吾に返る一節だ。マイクロアグレッションからDVやストーキング・あるいはもっと大きな戦争犯罪まで、世の中に横溢する無神経な暴力。勝ち誇り、あるいは自分たちが勝ち誇っていると自覚する必要すらないほど吾が者顔で世にのさばる強者への恐れや不信は、この作家の暢気そうなポジティブさを裏地のように支えている。世界はわりと酷い場所だと、そういう認識に立ったうえでの、敢えての暢気でありポジティブなのだと思う。
『J・J・J三姉弟の世にも平凡な超能力』(原著2014年/古川綾子訳・亜紀書房2024年/外部リンクが開きます)もまた、そんな暴力と無神経に満ちた世界で、主人公たちが各々1人とか2人とか3人とかを小規模な奇跡で救出する物語だ。実は
善と悪はキッパリ二分できる両極端ではなく、両者のあいだには暢気な善や小さな親切と・些細な無神経や暢気な悪みたいなグラデーションの領域があって(とはいえ両者にキッパリ境界線はあるのかも知れないが)うっかりセクハラなジョークをかましても指摘されれば「すみません無神経でした」と是正できる人も、いい感じの彼氏だと思ったら実は警察案件な暴力男も、そして野生の幻覚キノコで酔っぱらってるだけなら微笑ましいけど(?)銃と山刀を提げて襲いかかってくる馬鹿もいる…
なんか僕なので小難しい話になっちゃったけど、それをすんなり楽しく読めるのがチョン・セランのいい処かも知れません。読みやすくて面白いですよ?鎌倉で歌碑を見かけたのが御縁で読んでみた山崎方代の歌集と並べると、大それてないない暮らしを大切に生きようと前向きな気持ちになる話。
僕は韓国映画とか好きなわりに、旅行の訪問先としてはあまりイメージを描けないんだけど、訳者が著者に現地で案内してもらったという「
坡州(パジュ)
出版都市」という字面には少し惹かれてしまった。そして「坡州出版都市」て何だ、と検索したら、久しぶりにWikipediaから「寄付してちょ」のお願いが出たので、久しぶりに小額を寄付しました。小さな善意で少しずつ世界を救っていくのだ。また来月(
嘘。まだ早い)。
・ちなみにWikipediaでない参考記事はこのあたり(代わりにまあ広告がすげぇや):
パジュブックシティに行って来ました!(SEOULnavi/2005.10.31/外部リンクが開きます)
(26.06.29)いつもビッグイシューを買う時おつりが出ないよう500円きっかり用意して払うことにしていたんだけど、この日は小銭を作る余裕がなくて「すいません千円からで大丈夫ですか」と訊いたら「千円札のほうがいいですよ、電気料金なんかの支払いの時じゃらじゃらせずに済むから」という言葉をもらって

それは「よかった探し」かも知れないけれど、実際、今まで「売ってる」ひとに気をつかってるつもりだった自分は、売った人はそれを今度は「使う」んだと長らく気づかずにいたのだと少し恥ずかしく思うのだった。想像力の射程が短かったのだと。少しずつでも認識を延ばしていきたいものです。また来月。