これが「別の話」〜ウィーラポーン・ニティプラパー『仏暦の終焉と黒薔薇猫の記憶の記憶(仮)』(26.04.13)
今回5度目の台湾旅行の話は、また別の機会に(つまり「それは別の話」)ねっとり開陳するとして、また向こうでしか入手できなさそうな本を、今度は二冊ほど贖ってきました。
台北駅のすぐ南・学習塾や予備校が集中し(
24年11月の日記参照)それを当てこんだ早餐−朝食を供するお店(近くの銀行・官庁街も見込んでいるのだと思う)が集中、参考書など扱う書店も点在する区画の
執土(一文字で「執」という字の下に「土」)
脚石圖書文具百貨廣場書店。踏み石=Stepping Stone=(読者が)上に登るための足がかり的な意味を持つこの、若者向けの?軽い書物が手に取りやすい本屋で

全3巻で完結の
醉琉璃『我的室友 陳小姐是幽鬼』の一冊目を入手。

我的室友(私のルームメイト)・陳小姐・是(すなわち)・幽鬼(ユーレイ)。「My Ghost Girlfriend」と英題が添えられた本作、限界社畜女子の主人公が家賃安さに飛びついた(台北は世界有数の平均居住空間の狭さを誇る超過密都市でもある)事故物件には幽霊の陳小姐がいたが、
二人とも腐女子(しかも最初は息を潜めていた陳小姐、主人公がでへへへと鑑賞していた赤裸々なBL画像に
「そのカップリングはA×BじゃなくてB×A!」と介入して存在発覚)と意気投合するんだか解釈違いで揉めるんだか分からない冒頭。男同士の恋愛に夢中な女子ふたり(うち一人は幽霊)に百合を期待する自分(外国のおっさん)…

自虐ははさておき、たぶんありふれ過ぎて、わざわざ日本語に訳出され紹介されなそうな題材。逆に言えば、こうしたシチュエーションを台湾はすでに自家薬籠中にしており、もちろん日式ライトノベルの流入も需要も圧倒的なれど、自国内での自給自足が不可能ではない状況になっていた2026年。

スマートフォンのカメラ・文字認識機能で文章を把握→そのまま自動翻訳で「ん?」と思うところだけ重点的に確認。かなりスムーズに読み進められそう。今回の旅行を機にGoogle翻訳の、ネット接続なしのオフラインでも使える辞書ファイルをダウンロードしたんだけど、音声なしの文字ベースで中国語(繁体字)でも100MB足らず。iPhone自体の翻訳機能もあるみたいだし、いつのまにか便利な世の中になっていた。
主人公たちに愛着が出れば、残り二冊は日本からの取り寄せを考えるかも知れません。
ああ本の話は楽しい。
* * *
国立台湾大学の近くにある
聯経書房 上海書店LINKING BOOKHOUSEは今どきだと大谷翔平の関連書などミーハーな取り揃えも手抜かりない一方で、ライトなオタク向けの執土(←本当は一文字)脚石書店とは対照的に、大学生向けの?渋めな選書が光る本屋で、ここで見かけた本が気になる→だいたい台北駅の近くに取りがちな宿に戻ってネットで内容を確認→宿に近い最大手の誠品書店で購入というルートを取ってしまう(申し訳ない…)

今回ここで平積みされていた本の帯文が
「泰國版《百年孤寂》」…20世紀文学の流れを変えたガルシア=マルケスの傑作『
百年の孤独』。それに対抗できると謳うタイの小説(の翻訳)、持って帰れる荷物の重量を試合前のプロボクサー並みに気にしつつ、持ち帰らずにおらりょうか。いやまずは邦訳がないとしての話。しかし宿に戻り落ち着いた環境でネット検索したかぎり、いや大いに穴がありがちな僕の観測範囲でということだけど、著者
ウィーラポーン・ニティプラパーの作品は、世評の高い第一作『迷宮中的盲眼蚯蚓(迷宮の中の盲目のミミズ)』も含め、邦訳での紹介はまだない。
この書名をUnicode使用でない本サイトで記載するのは困難なので間違ってるかも知れない機械翻訳の日本語で紹介させてください―
ウィーラポーン・ニティプラパー『仏暦の終焉と黒薔薇猫の記憶の記憶(仮訳)』(向こうのオンライン書店「博客来」の紹介ページ/外部リンクが開きます)
台北駅と地続き・MRTの路線沿いに細く延びた地下街の、ゆうに200メートルは続く中山地下書街(かつてはそれこそ執土[一文字]脚石やLINKINGのような個人書店がひしめいていたが、十年ほど前から誠品の寡占となっている)の、つまり誠品で購入(
本当に申し訳ないLINKINGさん…)・重量もクリアして無事日本に持ち帰ってきました。
もうこの三つの書店に、とゆうか本サイトを見てる誰かひとりくらい台湾に行かせてやろうという悪い下心(円安と原油高で今はオススメできませんが、この先もっと大変になるかも知れないので行けるうちに、かも…)みなぎる今回の日記(週記)ですが、
※あーちなみに台湾の小説はA4サイズで日本のようなハードカバーはなし・日本に戻って量ったら陳小姐は350g(これは想定内)・黒薔薇猫は500gで帰国楽勝でした。
※そして黒薔薇猫を取り扱ってくれた誠品のレジ係さんの胸元の名札には「陳小姐」の三文字が。(こっちで本の『陳小姐』買えてたほうが面白かったかなー)とも思ったけど、まあラノベ売り場はレジが別でございましたよ+名前ハラスメントいくない。
本サイトに長くおつきあいのかたなら、なんとなくお察しとは思いますが、改めて思ってしまった。(日本、やばいかも…)と。いや円安や原油のことではなく(そっちも心配だけど)。
* * *
本サイトで、あるいは昔やってたTwitter(現X)で、たぶん何度となく言ってきたことだけど、改めて書いておく。
純然たる事実として、人口1/5の台湾で繁体字版の翻訳が手に入る外国書籍が、日本で邦訳がないのは初めてではない。
いちおう言っておくと逆に邦訳があって台湾版がない本だって沢山ある(だろう)。日本ではクラシックに属するJ.P.ホーガン(イギリス)のSF『
星を継ぐ者』(原著1977年)は、自分が書店の店頭で見かけた大々的なポスターが「新訳(とか再販とか)成る!」というものでなければ、台湾で紹介されたのは、ようやく2017年のことだったと思う。たとえばミシェル・フーコーの著作なども、日本に比べると台湾での繁体字訳の出版は相当に遅れているのではないか(断片的な目撃に基づく不確かな推測)。

台湾だけではない。
これは以前(
21年3月の日記で)書いたことだが、七つの性をもつブタや、三種のオスと二種のメスがいるトカゲなど男女二元論・他の生物だってそうという観念をくつがえす
ジョアン・ラフガーデン『進化の虹』が、韓国語訳があるのに二倍の人口を有する日本で邦訳が出ていない(今も)。
ジュディス・バトラーの著作の一部でも、日本は韓国に遅れを取っているらしい。
このときの日記では僕が、日本では『ライラの冒険』以後は翻訳がないファンタジイ作家
フィリップ・プルマンの作品が(それこそ『ライラの冒険』ことHis Dark Materialsの続編も含めて)、日本の1/5の人口しかない台湾で訳出され書店で平積みになってるのを見たときの焦燥とともに
少なくとも「日本は各国の本を翻訳で読める、世界でも稀有な国」みたいな自負は、昔だけのことか・あるいは実は一度も真実でなかった幻想だった可能性がありはしないか…というのは、また別の話。
と書いている。つまり、
今その「別の話」をしている。
韓国に話を戻すと、日本では『
キャリバンと魔女』以外に翻訳がないらしい
シルヴィア・フェデリーチ(何度も何度も言及してるけど
23年10月の日記参照)の他の著作も韓国では翻訳があると最近SNSで仄聞している。
たまたまそういう領域が重なっただけと考えたいが、ラフガーデン・バトラー・フェデリーチ…どれもLGBTQやフェミニズムに縁のある著者の紹介が日本で遅れている可能性がありはしないか。と言ってもLGBTQ(性的マイノリティ)とフェミニズムは必ずしも一枚岩ではなくて、これも仄聞だから
取り扱い注意(
「そうなんだ」という軽信や・安易な拡散は控えてください)な情報だけど、フェデリーチには反トランスに対して脇の甘い言動があるという批判もあって、いやむしろ彼女も与するペイガニズム(魔女的な知の復権)を唱えつつ依怙地な反トランス言動をしているTwitter(当時。現X)のアカウントを日本で見たこともあって−この話も前にしましたっけ−そのへんを確認するためにもフェデリーチの他の著作も確認したいのだけど。
彼女たちの言ってることなら(それを紹介した)他の著作や、(同じような主張をしている)SNS・まとめ動画でも知れるよ…とはならない。(ラフガーデン・バトラー・フェデリーチ)それぞれ己の分野の第一人者的な存在でもあるので、オタク的な言いまわしをするならば「元の著作を読むことでしか得られない栄養がある」。
改めて言うけれど、少なくとも「日本
だけが各国の本を翻訳で読める、世界でも稀有な国」みたいな自負は、昔のことか・あるいは実は一度も真実でなかった幻想だった可能性がある。『となりのトトロ』や『もののけ姫』のジブリ映画を引き合いに出し、日本「だけ」が自然に精霊を見出し・自然と共存する知恵を欧米社会に提供できる、みたいな(
そんな思い上がった言説が、しかもリベラルを自称する論客の口から、実際になされたことがあったのだ)幻想が、思い上がった幻想でしかないように。

繰り返し言うが、日本と韓国と台湾、それぞれ得意分野が違うだけならばいい。けれど何かにつけ悲観的な僕は、日本が(もしかしたら「日本だけが」)海外の著作や創作物・文化に関心をもち、取り入れていくチカラを急速に失ないつつあるのでは、という疑念を新たにしてしまう。
今年はじめ、世界最大手ハンバーガーチェーンの日本法人が打ち出したキャンペーンの、まさに「落ちぶれた」としか言いようのない貧しさは「今さらこんなことで驚かない」とは思うものの、なかなか暗澹たる気分にさせられるものだった。
・
これであなたもニューヨークに行った気分に? マクドナルド新TVCM『行った気になる!N.Y.バーガーズ』篇(YouTube/外部リンクが開きます/
音声ONにすると人によっては吐き気を催すので注意)
分かってワザとインチキぽくしてるんだよ、冗談だって分かれよと言われるかも知れないけど、インチキの真似をして大路を走らばすなわちインチキなり。そのうち「ワザと程度低くしてるんだよ」と言い訳したインチキの「多様性」しか手に入らない国になっちゃうかもよ…とは思わないのだろうか。
「世界中が驚嘆し賛美するニッポン」「世界の中心で輝く日本」などと自賛する声は喧(かまびす)しいが、日本を見てくれ(
リガルデ・モア)・日本は愛されていると認めさせることばかり必死で、他地域を知ろうと認めようとしない文化・社会が世界の中心で輝けるものだろうか。
* * *
国立台湾大学のすぐそばに貼られたポスターは、都合4枚・騎楼の柱たった2本を占有しただけの全く局所的なものだった。けれどそのたった4枚、台湾製品のプライドを意味する近年のキャッチフレーズ「MIT(Made In Taiwan)」の真ん中のIを落下する爆弾の形にしたロゴで「Genocide Made In Taiwan」=台湾が自国のテクノロジーをパレスチナ住民虐殺の道具としてイスラエルに供与することを批判するメッセージを台湾の島のシルエットの上に大書した、そのたった4枚(3枚しか撮れませんでした)の、特に「台湾(Taiwan)」という国名を示していたと思しき箇所が執拗に削り落とされているのを見て、

(覇権国家としての)アメリカに追随することが、おそらく日本以上に国家存続のため切実な問題であろう台湾では、それを批判する言動・への拒絶もまた、日本で同様の意図によるデモや集会への参加・SNSなどでの意見表明が「忠告」という名のもと中傷されることの比ではない・もっと徹底した拒絶かも知れないと慮られた。

(もちろんこのポスター、自分が見たのが・見た時には4枚だけで、もっと大々的に展開されていた可能性はございます)
これも2026年4月現在の台湾・誠品書店が中山地下書街で猛プッシュしていた
『馬里・艾密達的七天七夜 The Seven Moons of Maali Almeida』(誠品書店公式/外部リンクが開きます)はスリランカ発のミステリ小説。ミステリなら早川書房か東京創元社が飛びついてるかな?とも思うが−

たぶん日本以上にアメリカ追随を余儀なくされており

日本の影響や文化流入を、日々の豪雨のように受け続けている台湾。

けれど同時にそこは、日本にいる僕にとっては、タイや(今後の展開によっては)スリランカに向けて開かれた窓でもある。
出羽守?隣の芝生?舶来上等?そうかも知れない。
でも「夜郎自大」よりはいいんじゃないのか。
昔の(戦後)日本だったら、ホルムズ海峡を封鎖したイランとも、もう少し上手く交渉が出来たかも知れないと思うことはある。エビデンスはないけれど「日本を取り戻す」「世界の中心で輝く日本」「世界中に尊敬される日本」と叫ぶ声が大きくなればなるほど、この国は、かつて世界に持っていた交渉のチャンネルを細らせているように見えはしないか。
世界の広さを垣間みることが出来た嬉しさと、それが目の前で閉ざされていると知る失望感。こんな僕を「邦訳を待てばよかった」と悔しがらせるよう、日本の出版社が奮起してくれることを願えるだろうか。黒薔薇猫に迷宮のミミズ、スリランカのミステリ、ラフガーデン、フェデリーチ。それらを日本語で読める日を待ち、希望することは出来るのだろうか。

台湾大学の構内で咲き誇っていた、向こうでは流蘇という名がついたナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の花。雨上がりのアスファルトに白く散らばった花弁を見下ろして脳裏に浮かんだ
「散ったところもいいね」というフレーズは、ずっと昔、ニューヨークを舞台にした
成田美名子さんのまんがで(マグノリアの花を見下ろして)主人公が言っていたもの。だいたい散った花が美しいとき、このフレーズが頭に浮かぶ。物語や書物で知った言葉・フレーズが、その後の何十年も、物を見るときの感受性にまで残りつづけることがある。あるいは、そういうタイプの人間がいて、僕はそうなのだろう。
そういう人間にとって、より広く言葉の世界が開かれていくことは、このうえない喜びであるし、言葉をとおして享受する世界が狭められ縮められ、それを苦とも思わない人たちが狭さを誇りさえすることには、たまらない寂しさを感じたりもするのです。ご静聴ありがとう。
【電書新作】スポーツ漫画を描いてみませんか?と遠い昔に誘われたことがあって、ハハハ無理ですと丁重にお断りしたけれど「20年後なら描けるかも」と答えていれば良かったか。人は変わるし世界も変わる。『
リトル・キックス e.p.』成長して体格に差がつき疎遠になったテコンドーのライバル同士が、eスポーツで再戦を果たす話です。BOOK☆WALKERでの無料配信と、本サイト内での閲覧(無料)、どちらでもどうぞ。
B☆W版は下の画像か、
こちらから(外部リンクが開きます)

サイト版(cartoons+のページに追加)は下の画像か、
こちらから。
RIMLAND、電子書籍オンリーですが20ヶ月ぶりの新刊『
読書子に寄す pt.1』リリースしました。
タイトルどおり読書をテーマにした連作に、フルカラー社畜メガネ召喚百合SF「有楽町で逢いましょう」24ページを併催・大量リライト+未発表原稿30ページ以上を含む全79ページ。頒布価格250円(+税)で、一冊の売り上げごとに作者がコーヒーを一杯飲める感じです。下のリンクか、
こちらから。

書誌情報(発行物ご案内)はおいおい更新していきます。(22.11.03)