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考えるべきことは沢山ある(26.02.07)

 今回の選挙については誰が結果に責任あるとかないとかより、責任があろうがなかろうが結果はのしかかる、それにどう対処するか、のが死活問題になるかも知れない。考えるべきことは沢山ある。
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1.
 高市早苗首相が体調に関わるアクシデントを理由にNHKの党首討論をドタキャンした同じ日、岐阜だか何処だかまで出張って自党候補の応援をしていた(つまりはズル休み)という話は、自分の「仲間」しか相手にせず、他は一切無視して、それでこの国を運営していく(いけると思ってる)彼女のスタンスの申し分ない反映としか思えない(同様の姿勢が河野太郎氏などにも如実だった)。ドナルド・トランプあたりを例外としてアメリカの大統領選挙で勝敗が決すると負けたほうは即座に「勝者になった新大統領に従おう」と自分の支持者たちに呼びかけ、勝者の第一声も「私に投票しなかったあなたたちも包摂して皆で次のアメリカを作っていく」と(理念的には)なるの(2021年1月の日記参照)とは真逆。世に言われる「新しい封建制」のあらわれの一端なのかも知れない。
 今回の選挙で高市政権が打ち出したスローガンは「皆で助け合え」とか「未来は自分で切り拓け」とか、そんなんでいいんだったら政府はすることないよなあ?と思うものばかりだが、助け合う気も未来を拓く気概もないのに(ないから)威張られれば威張られるほど、ああこのひとは強いんだと感じ入ってしまい「私も仲間に入れてください」「見捨てないでください」とすがりつく人たちが現政権の岩盤支持層ということになるのだろうか。とりあえず
 船底に穴が開いてるって時に、穴を塞ぎに行く人よりも、上のほうに登れば助かると思って甲板に殺到する人のほうが多ければ、船が沈むのは必然とだけ言っておく。船底を腐らせた張本人の船長たちは、とうに自分らだけ救命艇に収まって、「私も仲間でしょう?」「私たちも助かりますよね?」と甲板で騒ぐ人たちなど洟も引っかけないだろうと思うのだけど。
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2.
 一方で投票率の低さ・選挙に行かない有権者について。
 鼓腹撃壌の故事のとおり暮らしが豊かで不満がなければ政治に関心は持ち得ない・というのがひとつ。いわゆる先進国では投票率はおのずと下がるという説がある。
・参考:鼓腹撃壌(四字熟語辞典ONLINE/外部リンクが開きます)
 けれど、もう一方で、政治や社会に期待できない・強い言葉でいえば「絶望している」から積極的に投票を「ボイコット」する選択もあるのかも知れない。選挙のたび話題になる「白票を入れよう」というキャンペーンは、そうした無力感を「あなたには力がある」とすり替える手管(てくだ)かも、とも言える(いちど開票のアルバイトをしたことがあるので自信をもって請け合えますが、投票所で白票が数えられることはないので、白票は「意思表示」にすら成りえません。「こんなに白票が」って可視化できないんですもの)
 レストランで出された食事やサービスに不満があるとき、店に文句を言いつつ改善を期待して同じ店に通い続けるか、その場は黙って耐えて店を見限る(その店には二度と行かない)か、日本人は後者=黙って去るを選択しがちだという説もある。「説」だし「日本人」と「よその国の人」をステレオタイプ化する話なので取り扱い注意だけど、投票をボイコットすることは、この「黙って去る」マインドかも知れない。
 ただ、ホラー映画の謳い文句にあるように、世の中には「You can run. You can hide. BUT YOU CAN NEVER ESCAPE(逃げることはできる、隠れることもできる、だが脱出することは出来ない)」ということもある。排外主義者が言う「文句があるならこの国から出て行け」を自分自身に適用しないかぎり、投票から逃げても隠れても、希望のない状況からエスケープは出来ない。

 日本の少子化じたいが、この社会に希望がないことへのボイコット、消極的な「店を去る」報復だという説もある。
 海外からも、次のような指摘があがっている:
フランス人文化人類学者が語る 日本の「推し活」は、自らを生け贄に捧げた一種の「焦土作戦」だ(クーリエ・ジャポン/25.12.19/外部リンク/会員限定記事ですが無料会員登録で月2本まで記事全文が読めます)
 フランスの人類学者アニエス・ジアールが列挙する事柄は「そんなの全部、日本人だって分かってるよ」かも知れないけれど
「バーチャル上の(男性にとって都合のいい)女性キャラクターは"お飾りの女性"や"よき主婦"といった実社会で押しつけられるジェンダー規範をグロテスクに誇張することで、実社会で世間(まあ言うたら家父長制)が押しつけようとしてる男女観だってバーチャルな幻想なんじゃね?と切り返している(ようなものだ)」
「推し活は大量消費とマーケティング戦略に乗っかっているが、一部の政治家や大企業がそこに成長=GDPの増大を期待することを、当事者のオタクは強く拒否して言う―"物質主義文化は我々の敵だ。このお金は我々を搾取する大企業のために使っているのではなく、「溶かして」いるのだ"
「自分を孤独と不幸に追い込んでいる社会で無意味な日常を続けるより、愛せる推しにお金は全部注ぎ込もうというのは一種の焦土作戦だ」
といった一連の指摘は、多くの議論や反論の余地がありつつ(最大の反論は「なぜそれではいけないのか」かも知れない)、いやむしろ多くの議論や反論の余地があるからこそ一考(再考?)に値するだろう。たとえば世のジェンダー規範の拡大再生産でない・より自由な性のありかたを提示するコンテンツもありはしないかとか。
 社会を変革するのでなく、むしろ性差別を拡大再生産しながら社会そのものを「溶かして」いく。フランスの人類学者は(この記事では)口に出していないけれど、焦土作戦だけでなく日本の悪名高い「特攻」作戦=自爆攻撃も連想したかも知れない。繰り返すけれど、この「作戦」では逃げも隠れも(そして「無理心中」も)できても、この状況から「脱出(エスケープ)」することは出来ない。
 もちろんこうした一連の指摘・認識は、どう考えてもオタクであるし、次の世代の「生産」に貢献していない僕じしんに突き刺さる(だからこそ「それではいけないのか」という反論も即座に浮かぶ)。けれど、今の世の中ではこういうのを「ブーメランwww」と嘲笑するけれど、逆に自分自身に突き刺さらない批判はいかほど生産的なのだろう。あ、いや、政治家や大企業がいう「生産的」ではなくて。
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3.
 ひと昔前のディストピアのイメージでは、人々を監視する(かのような)独裁者の巨大なポスターが街じゅうに林立していたものだが
 「BIG BROTHER IS WATCHING YOU」と書かれた独裁者の巨大なビルボードが林立する中、ゾンビのように猫背で歩く人たちのイラスト。
 今どきは巨大ビルボードなど用意しなくても、皆が手元の液晶画面に背中を丸め、通信費じぶん持ちで自分からプロパガンダに見入ってくれる。パノプティコンとシノプティコンのように。
 うつむいて手に手に持ったスマートフォンで(いちおう目元にモザイクを施した)高市首相の顔をのぞきこんでいる、ゾンビのような人々。「WE ARE WATCHING ...SISTER」のキャプション。一番手前には誰かがつけてるヘルプマークが見えるが、それに目を向ける人はいない。というイラスト。
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4.
社会の行方よりセクシャルな事が好きさ
社会の悲鳴よりセクシャルな声が好きさ

(「See-Saw Girl」THE YELLOW MONKEY/作詞作曲・吉井和哉)

 かつて井上陽水は「傘がない」で「吾が国の将来の(略)深刻な(略)問題」よりも恋人に逢いに行くのに傘がないと嘆く若者を歌って、社会問題に背を向けパーソナルな関係に閉じこもる(立てこもる?)風潮の象徴だと称されたという。数十年後の「最後のニュース」でも社会の問題を列挙する視線はよりクリアになりながら「今あなたにグッドナイト」に収斂してしまうのでは何も変わってないじゃないかという評を読んだことがある。
 物議をかもした「外国で飛行機が墜ちました…」の強烈な閉塞感も「こんな夜は君に逢いたくて」と「君」への想いに向かってしまうイエモンの「JAM」も同じ「コード進行」だと言えるし、「戦争の始まりを知らせる放送もアクティビストの足音も(略)取るに足らない(略)あなた以外なんにもいらない」と謳った宇多田ヒカルの「あなた」はこの路線の完成形・終局点なのだろう。ずいぶん身勝手な話じゃないかとも思うのだが(でもそういう弱音も必要だろう人はそんなに強くないしとも思うのだが)
 昨年の紅白で白組のトリになった「ミセス」の「GOOD DAY」は、深刻な社会の問題にたいして無力なのでパーソナルな関係に引きこもる・救いを求める従来の路線を超えて「不安定な情勢も」「僕の中にある小さな優しさでどうにかなるかな」「ここらでちょっくら忠告をした方がいいかな」こいつ「小さな優しさ」とやらで社会に忠告できると思ってやがる、あ、いや、新しい局面に入ってしまった感があった。
 陽水やロビン(吉井和哉)のような切迫感も具体性もない、ちょっと言ってみましたくらいに解像度の低い「不安定な情勢」。優しさでどうにかなる「かな」と責任は聴き手=他の誰かに押しつけ逃げ道を確保している小狡さ。
 宇多田ヒカルでも「あなた」さえいればと唄うとき社会に背を向ける拒否という意志があった。ミセスの歌は、社会に対峙しなくても「ありのままで」社会は良いほうに進む(かな)と謳う。これを真に受けた人は、社会にたいして何もしないだろう。これが世の人々のアンセムになると「吾が国の将来」はますますヤバい。けれど天下の大NHKは、これを国民のアンセムにしようとしている(ようだ)。

 上述した高市自民党の「未来は自分で切り拓く」もそうだし、参政党のメッセージもそうなのだけど、今の右寄りと分類される政党の選挙に際してのアピールに、政治はこういうことをします・吾が党はこういう政策を実行しますよりも「あなたは出来る」「あなたは素晴らしい」といった(それは選挙で政党が言うことじゃないだろう、な)メッセージが前面に出ているのも困ったものだと思っている。
 それは政策ではないだろう(ただし国民に自助努力・自己解決させるという意味では限りなく政治的ではある)と思う反面、でも政策とかでなく「あなたは素晴らしい」というのが今の有権者が何より言ってほしいことだという意味では、残念ながらきわめて適切な選挙戦略だとも思う。
 実際には「素晴らしいあなた」「未来を切り拓くあなた」になるには、それこそ「働いて、働いて、働いて…」みたいな滅私奉公が必要なのだけど、政治家に「あなたならできる(時に「あなたは日本人だから」)」と言われたら、実際には「できる」は「しなければ」できるにはならないんだけど、何もしないまま「そうだ、私にはできる」という気分になれてしまう。前向きな自己肯定感に浸っていれば「不安定な情勢」も「どうにかなる」「かな」と、ああ違うな、もしかしたら皆で「未来は自分で切り拓く」と言えば、圧倒的得票で選挙に圧勝すれば、「誰かが未来を切り拓いてくれる」「不安定な情勢もどうにかしてくれる」と思ってるのかも知れない。
・ちなみに「皆あなたは素晴らしいと言われたすぎ」は何年も前から自分が固執してるテーマで、トリュフォーの映画版『華氏451度』をテーマにした21年1月の日記など参照。
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 もうひとつ今回(今回にかぎったことではないけど)の各党アピールで気になってるフレーズは「成長」で、保守も成長、中道も成長。まあ絶えず成長しないと廻らないのが資本主義なのだけど、だからこそ(特にその「成長」の果実が大企業の株価に吸収され個人にはトリクルダウンしてこない日本では)「成長」を疑え、資本主義や消費社会・「物質文化主義」を疑うなら「成長」も疑ってみてはどうかと…まあ「これは別のお話」。

 


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