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人生の碁石(2016.08.06)

 もう何年も前のことだが、京都の山のほうに暮らす知己ご夫妻の処に泊めていただいて、翌朝
じゃあ朝食を買いにいこう
と歩いて5分ほどのベーカリーに連れていかれた。それぞれ惣菜パンや甘い菓子パンを選んで、邸に戻ってコーヒーを淹れてもらって、パンを食べて。思ったのである。
「行きつけのパン屋がある生活…なんかいいな」
と。(その節はお世話になりました)

 二年前、横浜市内で引っ越しをした。新しく暮らす街で嬉しかったのは、歩いて最寄りの駅より近いところに「いいパン屋」を見つけたことだった。一風かわった、イタリアの貴族だか領主だかの名前をつけたその店は、まあ自分では経済的に毎朝の朝食には出来ないのだが、ときどき夕方ふらりと散財してしまったり、休日の昼食を買うのに好く、憧れの生活に少し近づいた気がした。
 
 パン屋だけではない。引っ越しを機に思ったのは「(コンビニなどでない・また出来ればサンジェル◯ンなどの有名チェーンでない)地元のパン屋を行きつけにしたい」「(全国チェーンの松◯やマ◯ド・日◯屋や餃◯◯◯将でない)地元の定食屋・外食屋を開拓したい」そんなことだった。
 貧しい青年ジェイムズ・ギャッツがジェイ・ギャツビーと改名し、上流階級をめざすような、滑稽な背伸びかも知れない。コンビニやファーストフードも日々の糧であり、多くのひとがそこに従事する立派な産業だ。
 それでも「つい同じファーストフードの同じ丼で食事を済ませてしまう」回数を減らし、チェーンでない店で(幾分ぜいたくな)食事をする。そのためには自炊率も高める。ついでに言えば(ブック◯フのようなチェーン以下同文)地元の古本屋を見つける。図書館にも多く通う。近所に銭湯があるので(前に十年以上、住んでいた街は最後の銭湯もずいぶん前になくなっていた)たまには足を運んで、広い湯船でノンビリする。部屋をきれいに片づける。そんなふうに生活を建て直せないか、引っ越しを機に。そう思ったのだ。

 別に「そんな夢も、もはや潰えた…」みたいなドラマチックな話ではないのだが、そんな近所の「行きつけのパン屋」が、店舗のある1階ではなく住居部分か何かにあたる3階だが小さな火災が出たそうで、店の表のたたずまいもガラス越しに見える内装も変わらないが、その窓に「しばらく休業します」旨の貼り紙が貼られてしまった。もう一週間にはなるだろうか。
 あまり常連とは言えない、地元のいちファンであるが、一日も早く店が再開されるよう願っている。
 この日記の要旨は↑以上の一行に尽きるのだけど、ついでに余談を書き散らしておく。

 別に「そんな夢も、もはや潰えた…」みたいなドラマチックな話でもないのだが、引っ越しから二年。願ったような生活は、あまり果たせているとは言えない。
 引っ越した当時より少しだけ忙しくなったこともあり、自炊にも努めているが、やっぱり時々手を抜いて夕食は外食で済ませてしまう。それも定番の◯屋や◯将・伝説の◯た丼で。いや、逆にそうしたチェーン店のB級外食の何が悪い・素晴らしいじゃないか!と讃える『めしばな刑事タチバナ』(原作・坂戸佐兵衛/作画・旅井とり/徳間書店)というまんががキッカケで、東京では「富士そば」のカツ丼やカレーかつ丼など喜んで食べるようにさえなってしまった。丼飯メインとはいえ、また中年男性らしいとはいえ、自分が立ち食いそば屋に通うことになるとはなあ。ついでながら、部屋も全く片づいていない

 言い替えれば、前に暮らしていた街でも、チェーン以外の外食や、古本屋・図書館と、さほど無縁でもなかった。近所に農家・農協と直につながってるような八百屋があり、初夏ごろはキクイモなんて変わった根菜を手に入れることができた(煮付けて冷やすとおいしかった)。忙しくない時は隣駅や、幾駅も先まで歩いて、道すがら地元の定食屋をポケモンGOのようにゲットして回っていた。
 あるいは学生時代、初めて一人暮らしを始めた頃。今とはだいぶ様子の違う駅前には、サンドイッチを売るミルクスタンドがあった。うま煮や、細く切ったじゃがいもの炒め物がおいしい中華定食屋があった。最初に入ったアパートには浴室がなくて、いつも銭湯に通った。湯上がりに行ったゲーセン。初めて作って、焦がしてしまったカレー。あるいは後に、茨城県つくば市で何年か暮らしたこと。中古CD屋で買った、デペッシュ・モードのCD。
 食べ物の話だけではなくなってしまったけれど、僕の人生は僕が食べてきたもので出来ている。食物が栄養として肉体を構成する意味だけではなく「あれを食べた」「これを食べた」という記憶が物語として、読んだ本や聴いた音楽・歩いた街・出会った人々などと同様に、僕の人生を形づくっている。

 二年前に引っ越してきた街はラーメン群雄割拠みたいな処で、他の和洋中はともかく、少なくともラーメン屋にはソコソコ気に入りの店ができた(行列が長くて、まだ入ってない店も多い)。前に住んでいた街のような好い八百屋には出会えていないが、片道30分ほど歩くと、昔ながらの商店街がある。前に住んでた街と、今いる街の間くらいで、つまりもっと前に知っててよかったタイ料理店に、遅ればせながら足を運ぶようになった。
 休業中のパン屋ほど個性的ではないけれど、近所でやってる昔ながらのベーカリーに一度は入ってみるべきか、これは考え中。
 そんな風にして、人生の碁石を少しずつ未来から過去(思い出)に移している。部屋は片づかない。
  とりあえず最新刊、貼っときますね…

生を奪われた者は、死をも奪われる〜ネメル・マーシュロー監督『サウルの息子』(2016.08.25)

 極度の近眼者がメガネを外したような、強烈にぼやけた画面で映画は始まる。
 やがて主人公サウルにカメラがフォーカスし、疲れ果て無表情にこわばった顔にピントが合っても、彼の周囲はぼやけたままだ。
 森の中のような風景。列車から降りてくる、ピントの合わない人々。ぼやけた群衆。
 だがスクリーンの前の吾々は、それが何なのか知っている。ぼやけた冒頭場面の前に、くっきりした字幕で説明があったからだ。主人公サウルは「ゾンダーコマンド」。ナチスの絶滅収容所で、囚人の中から選別され、同胞を騙してガス室に送り込み、「後始末」を担当する裏切り役を強いられたユダヤ人たち。そうして引き伸ばされた生も、数ヶ月で断ち切られ処分される使い捨ての「部品」。
 
 映画館で映画を観るのは数ヶ月ぶりになる。
 映画館はいい。借りてきたDVDを自宅で観るのと違って、途中でトイレに立つことも、飽きてツイッターを眺めることも、「今の俳優だれだっけ」と検索することも出来ない。多少キッツい展開でも最後までつきあうしかない暗い部屋で、どこから食べていいのか分からない異質な塊まるごとを、大口あけて呑みこんで「たぶん栄養になるだろう」と咀嚼する仕合わせ。
 だからと言って、何も一番キッツいのをリハビリにしなくたって。『ゴーストバスターズ』とか観てもいいのよ?と思いつつ(ゴーストバスターズは来月のファーストデイに観るつもり)池袋の名画座で『サウルの息子』を観てきました。ハンガリーの新人監督による、カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。
 『サウルの息子』公式サイト
 キツかった。最初の5分で、早々に押しつぶされた。いや、あれは5分だったろうか、10分だったろうか。「ゾンダーコマンド」サウルの周りで、ぼやけたまま半ば自発的に、半ば強制されて服を脱ぎ、裸になる人々。彼らはピントの合わないまま「シャワー」室に押し込められ、「シャワー室」の鉄扉が閉ざされ…それから起きることは、ぼやけたフォーカスと鉄の扉に阻まれて見えない。だが吾々は、それが何かを知っている。どんなホラー映画よりも恐ろしく、残酷で、憎悪に近い嫌悪を呼ぶ行為がなされたことを。
 全裸の遺体は山のように積まれ重ねられる。ぼやけたまま。公式サイトや予告編でも紹介されているように、そこでサウルは自分の息子と思われる遺体に「出会う」。薪のように焼かれるアウシュビッツの火葬では、ユダヤ人は正しく死ぬことすら出来ない。儀礼に乗っ取った、正しい埋葬をするために、サウルはユダヤ教の聖職者=ラビを求めて奔走しはじめる。

 ぼやけたピントは、あまりに残酷なものを画面に映さない、作品を世に流通させるためもあるのだろう。
 あるいは世の中には(映画という虚構であっても)直視される形で映してはいけない「悪」・あってはならないほど冷酷な人間性の剥奪があることを示してもいるかのようだ。
 そして逆に、それは主人公サウルの周囲で人々が、顔も容姿も剥奪され「ぼんやりした印象」にまで搾取されたことをも示唆するようだ。

 生の尊厳を奪われた者は、死の尊厳までも奪われる。「息子」が正しく埋葬されないことに恐怖し、奔走するサウルの姿に、そんなフレーズが浮かんだ。
 けれど剥奪されたのは、それだけではない。
 同胞を騙してガス室に送る「ゾンダーコマンド」は、概要だけ聞けば卑劣な裏切り者・罪深い悪人に思えたかも知れない。だが映画の彼らは、もはや善悪さえ剥奪されていた。「部品」と化した同胞がガス室で流した(ぼやけて分からないが察するに)吐瀉物や末期の糞尿、開かない鉄扉を叩き続けて避けた拳から流れた血を、次に到着する同胞に気取られないよう膝まづいて、こすり洗う彼らは。周囲の景色や、自分たちが死に追いやる同胞を最早ぼんやりとしか認識できない彼らは。「生」とはとても呼べない状態を延長されただけで、数カ月後には使い捨ての死が待っている彼らは−罪人であることさえ剥奪されていた。
 だから、物語の終盤で示される「サウルの息子」の真相は、サウルの息子に対する「負い目」・つぐなわれるべきサウルの「罪」を示唆していたのだと思う。
 「息子」を正しい儀礼で埋葬することで死の尊厳を取り戻そうとするように。負い目のある「息子」につぐなうことで、サウルは再び「罪人になりうる自分」を=罪をおかし・罪をつぐなう存在=人間としての尊厳を取り戻そうとしたのではないか。
 何度も失敗に終わった探索のすえ見つけた、本当にラビか命惜しさにラビを名乗ったか分からない男が、最後に純粋な善意からサウルを救おうとし、人の生の尊厳を示すように。

 だが、こうして生の尊厳を・死の尊厳を・罪もおかせば向こう見ずな善意で動きもする人間としての尊厳を「取り戻そうとする」物語を、尊厳を「取り戻す」物語と呼んで、単純に讃えてよいものだろうか。
 生の尊厳も死の尊厳も、善悪をなす人としての尊厳も奪われた、直視すべきでない真空=剥奪状態を、吾々は「でも最終的にはサウルたちは人間性を奪い返して」と乗り越えたことにして、よいのだろうか。
 本作を観て、つらく悲しかったのは、たとえば十年前や三十年前、ホロコーストやクメール・ルージュによる虐殺・あるいはコロンバインでの銃乱射事件などを題材にした映画などに触れた時に比べ、(本作の描く剥奪状態は)ずっと身近に感じられ、より身につまされたことだ。『キリング・フィールド』や『エレファント』に戦慄していた自分は、それでも遠い異国の物語・あるいは克服された過去の物語として、あるいみ暢気に構えてもいられたのだと思う。
 これから具体的にホロコーストのようなことが、この日本で起きるというのではない。けれど「生の尊厳の剥奪」は、遠い異国の夢物語でもない。
 状況は昔から変わっていなくて、過去の自分が暢気に過ぎたか、あるいは今の自分が過敏に過ぎるのかも知れない。けれど『サウルの息子』で再現された70年前のアウシュビッツの光景を観ながら、僕は数日前トルコでLGBTの権利を訴えていた性転換者の活動家が生きたまま焼かれ殺された事件を思い出していた。それは克服された過去でも、遠い異国の夢物語でもなく、今の自分が暮らす社会と地続きであるように、僕には思われた。
 人の尊厳を取り戻すために、吾々は戦わなければならない。映画の外で。人の尊厳を取り戻そうとする、映画や物語を糧にして。  
(c)舞村そうじ/RIMLAND ←1609  1607→  記事一覧(+検索)  ホーム