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新成人の皆さんへ2017(2017.01.09)

 今年は手短かにということで、はい、手短かに参ります。
 今日の目出度き門出にあたり、新成人の皆さんに申し上げたいことはひとつ。
 皆さんに若い時の苦労は買ってでもしろとかいうのは、おおむね皆さんに苦労を売りつけたい者、苦労を売って利得のある輩が、自分の利得のために言うことですから、真に受けなくてよろしい。
 皆さんの中には小学校を卒業するにあたり、自分たちが使ってきた教室の机に感謝を示すため、真冬の川に裸足で入り、冷たい川の水で机をジャブジャブ洗わされた人たちがいるかも知れません。そういうのも含めます。
 生ぬるい安寧の中にいると人間は堕落する、大きな災害や戦争にでも見舞われたほうが人々は結束し謙虚にも懸命にもなるとか妄言を吐く奴もいます。そういうのも含めます。
 基本的に、そういう犠牲を称揚する人間は自分自身を犠牲にすることはありませんし、よしんば仮に万が一でも自身をも犠牲にした場合でも、それが自分以外の人間に犠牲を強いていい理由にはなりません。

 「戦争や国難(隣国の脅威など)があったほうが国民は結束する」と説く者は、これから増えるかも知れません。「科学技術は軍事関連で飛躍的に発展してきたのだから、兵器産業に注力するのは良いことなのだ」というのも、その亜種であり同類です。
 皆さんが生まれる遥か以前(実を言うと私が生まれるより遥か以前です)の映画に「ボルジア家が支配したイタリアの、戦争と流血の30年間はルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛と500年にわたる平和と民主主義は何を生んだ?鳩時計だけさ」とうそぶく男が現れます。
 こういう耳あたりのいい警句は、しばしば大体おおむね事実無根かも知れないと疑う想像力が皆さんには必要です(気になるひとはルネサンスや、スイスの歴史についてでも調べてみるとよろしい)。実際この男は−むろん映画の中の話ですが−戦後の混乱をダシに人の不幸で悪銭を稼ぎ、その稼ぎで何の美しい物も生み出すことなく、下水道から出られずにくたばります。
 恵まれてあることは僥倖です。それが先人たちの苦労や犠牲を伴ったとしても、その恵みをもたらしたのは「恵まれてあるべきだ」「苦労はいやだ」「犠牲はたくさんだ」という願いであり、「今の人々は恵まれすぎている。もっと苦労が必要だ」というのは本末転倒です。そういうことを抜かす連中は、キアヌ・リーブスに聖なるガトリングガンで顔面ガチ殴られればいいのです。『コンスタンティン』という比較的あたらしめ、皆さんが小学生の頃の映画です。あれは実に好いので、ぜひ観なさい。若いうちに、買ってでも観なさ…

 あー、その、「買ってでもしなさい」を信じてはいけないという話でした。
 アレですよ、こうして皆さんに「皆さんのためになる話ですよ」といって何かを教唆する話は、あくまで話半分に聞くタヌ、いえ、聞かなければいけません。
 時間も巻いて参りましたし、隠していたシッポが尻の後ろからポロリしそうになっても参りましたので、ここらでドロン、いえ、皆さんの洋々たる前途を祈念して、祝辞とさせていただきタヌ…
(ざわつく場内。スーツの後ろから出たシッポを押さえつつ、ピョンピョン跳びはねて退場)

小学校の机に感謝をこめて冬の川で洗う奇習は、昨年のニュースで伝わってきた話なので、最近になって新たに出現した悪習かも知れない。こういう「いかにも昔の悪習っぽい」ことが新たに始まる現象には、とくに気をつけたほうが良いタヌ。

新世紀の尺度〜テッサ・モーリス-スズキ『自由を耐え忍ぶ』(2017.01.14)

 著者あとがきの日付を見て、笑ってしまった。すげえ!未来の書物だ!

もちろん誤植である。マーティン・リース宇宙を支配する6つの数』(林一訳/草思社)は2001年発行。原著はその前年。
 宇宙を支配する6つの数、といっても「アルファにしてオメガである1。父と子と精霊の3。神の子の死を暗示する13。そして獣の数字666…」みたいな内容では、ない。同書が取り上げるのは
 ・原子間にはたらく電気力の強さを重力の強さで割った数値N…10の36乗
 ・原子核を結びつける「強い相互作用」の値ε…0.007
 ・宇宙が膨張するエネルギーと重力エネルギーの比Ω…0.04
 ・反重力の強さλ
 ・物質が凝縮する強さを示すQ…10のマイナス5乗
 ・空間次元の数…3
 それぞれ、より基本的な要素に還元できない(たとえば「温度」は原子の運動エネルギーに還元できる)・その数値である理由を説明できない6つの数値。だが、たとえばεが0.006でも0.008でも宇宙は現在のような姿でなく、地球も人類も生まれてなかったろう6つの数値。ビッグバンから銀河の形成・超新星爆発や元素の誕生・ブラックホールから超ひも理論に至るまで、西暦2000年現在の宇宙と物理学のトピックを、本書はこの6つの数値を鍵に手際よくまとめている。
 ニュートリノの重量や、ダークマターなど、扱われる内容は読者が以前に見聞きしており、未知ではないかも知れない。だが「6つの基本的な数値」という尺度が、個々の内容を相互に結びつけ、構造的な理解を助けてくれる。なかなか好い啓蒙書だと思った。

 さて、実はここまではマクラである。
 昨年読んだ、とあるインタビューで「哲学とは何ですか」と問われた哲学者が概念を作ることです」と答えているのに感銘を受けた。
 物事を切り取ったり、まとめたりして、抽象化した概念・カテゴリというものは、誤って・あるいは悪意をもって用いればレッテル・ラベリングとなるが、いっけん複雑な事象をキレイに分割する補助線・理解するための尺度となりうる。
 実はここまでもマクラである。

 そうした「尺度の力」を銀河や素粒子ではなく、人が生きる社会を扱った書物で感じた。
 テッサ・モーリス-スズキ自由を耐え忍ぶ』(辛島理人訳・岩波書店)は9.11同時多発テロの余波がまだ残る2004年、「ブッシュの戦争」が泥沼化する中での論考。
 少し古い書物ということになるが、その批判はまだ有効で、逆に、この一年「どうしてこんなことに」と吾々をうろたえさせてきた社会の変動・Post Truthと呼ばれるような規範の崩壊が一年だけの突発事ではなく、21世紀の幕開けから・さらに前から連綿とつづいてきた継続事の帰結なのだと再認識させてくれる。
 そして同書を特徴づけるのは、(重力と斥力の比のように・しかし宇宙ではなく)現代の人間の世界を決定づけている尺度を、21世紀にふさわしく刷新して再定義・再提示していることだ。

 著者は、国家の枠を超えた経済活動…と地理的に・水平方向に捉えられがちな「グローバル化」という尺度を、娯楽や健康・教育や安全保障など(それまで経済外だった領域)への企業活動の浸食というタテ面で捉え直し「市場の社会的深化」という概念を提唱する。
 あるいは近代資本主義のモットーであった自由放任主義=「なすに任せよ(laissez faire レッセ・フェール」が実は絶えざる自己拡大を強迫的に必要とする「成長するに任せよ(laissez croitre)」であったと、エレン・メイスキンス・ウッズの言葉を引用する。
 ベンサムのパノプティコン=少数による多数の監視と「監視されているという意識の内面化」に対して提示されるのは、ジグムント・バウマンが提唱したシノプティコン(Synopticon)という概念だ。リアリティ番組やネットリンチの形で具現化した「多数による少数の監視」と自警団意識をさす。
 ・グローバル化→市場の社会的深化
 ・なすに任せよ→成長するに任せよ
 ・パノプティコン→シノプティコン
 こうして定義しなおされた尺度は、物理学の6つの数がブラックホールやクエイサーを説明するように、互いに連関しあって現代社会のきしみを説明する。
 民間軍事企業の台頭を典型とする、かつては国家が担っていた安全保障の分野への市場経済の浸食は、別の場では「法治国家」の前提が無効化されるワイルドゾーンの出現につながる。本書が提示する重要な概念のひとつだ。
 この超法規的な権力行使の場=ワイルドゾーンの典型として著者が2004年の時点で挙げているのが出入国管理所であることは、数式による予言が実際の天体観測で証明されたように吾々を震撼させる。(日本国内に在住する外国人・非国籍保持者に対する行政や社会の冷酷が昨年いくつもニュースになったことは思い出されてしかるべきだ)

 概念というと思い出すのはジョン・レノンの「神なんて概念(コンセプト)だ」という一節だ。
神なんて尺度にすぎない 僕らの苦しみを測るための
 『自由を耐え忍ぶ』でモーリス-スズキが提示する「市場の社会的深化」「成長するに任せよ」「シノプティコン」「ワイルドゾーン」といった概念は、21世紀初頭の吾々の苦痛を測るための、「神」に代わる有効で有用な尺度だ。「この定規を使えば、こう補助線が引けるのか」と驚かされる明晰さと、それを根底で支えているだろう危機感。
 本当はこういう本が新書くらい手に入りやすくコンパクトに、廉価に、どこの書店にも置かれる形で出れば好いのだよなと思ったのである。今を読み解く物差しと、そうした物差しを定義する理性への信頼を(再び)与えてくれる、有用な一冊でした。

 『自由を耐え忍ぶ』どちらかというと四方山話的エピソードであるが、ソ連崩壊後、ウラル地方の軍需物資工場が(戦闘機などに使われる)チタンを農耕用のスコップに転用し生産販売したが、まあさすがにチタンだけあって土を掘るのに有効である・以上にチタンそのものの価値に目をつけられ、どんどん輸出され、輸出された先で兵器の原料に転用された(と見てほぼ間違いない)という逸話が強烈。
 ちなみに「そんな世界をどう補正していくか」という見通しの一歩前くらいのことも語られています。
(c)舞村そうじ/RIMLAND ←1702  1612→  記事一覧(+検索)  ホーム