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中国が二次元への愛を知った頃〜ワン・ラン監督『閃光少女』(2018.10.10)

 すみません、今日のタイトルの元ネタになった小説、未読です
 それと、これも謝っておこう、今日の日記、ほとんど絵日記です。あと相当ネタバレ
 1950年代頃までは映画館だった横浜中華街のレストラン「同發新館」を毎年10月、映画館に「戻して」開かれる横浜中華街映画祭2018。ラインナップの中で気になったのが中国・香港合作の青春ラブコメ映画『閃光少女』(ワン・ラン監督/2017年)。
 いや、「中国で新人賞総ナメ」「青春ラブコメ」「伝統音楽」「メガネ女子」「メガネ男子」のキーワードだけで「観たい」と思った自分の慧眼を褒めたいね。

 タイトル『閃光少女』には「Our Shining Days(私たちの輝ける日々)」と英題が添えられていて、それだけでホロリと来てしまう。
 舞台は西洋音楽科と伝統音楽科、ふたつに隔てられた学科が互いにいがみあう音楽学校。端正な横顔で流麗にピアノを奏でる西洋音楽科の先輩に一目惚れした伝統音楽科のヒロインは早速アタック。しかし彼は彼女の楊琴を「音楽じゃない」と嘲り「君に好かれても迷惑だ」と拒絶する。練習室の給湯器でシャブシャブを調理するバイタリティ溢れる彼女は「伝統音楽で先輩を振り向かせてやる!」と宣言。しかしジリ貧の伝統音楽科では楽団も解散・バンドを組もうにも仲間もいない。悪友のメガネ男子が「ひとつだけ手段がある」と提案したのは…
 ということで、ここまでは(一応)普通の青春ラブコメなのだが、ここから話は斜め上に展開する。
 実は事前情報で見落としていたのだ。メガネ女子×メガネ男子×伝統音楽「×コスプレ」と紹介されていたことに。

 救いの神は二次元愛好家=オタクの四人組だった。女子寮の扉にキョンシー避けのお札のデザインで「人間立入禁止」と貼りつけた彼女たちはゲームと漫画を愛するコスプレ女子で、しかし伝統音楽への造詣も深い超絶技巧の演奏家ぞろい。特にリーダー格の男装少女はネット動画で「千指様」と崇拝されるアイドルで、とゆうかメガネ男子くんも「実はファンでした!本当は俺もオタクなんです!」
 そんな具合なのでバンド参加の報酬は高価なフィギュア(黒執事とかありましたよ)。初舞台はホログラムの美少女が乱舞するコミコン。途中、実写が漫画やアニメに切り替わりまでして、制作陣の「今の若者の心を捉えるオタク文化を最大限、作品に取り込もう!」という気迫が暴走する。
 「実は俺もオタクで」とカミングアウトしたメガネ君も、コスプレの経験値は乏しかったらしく、コミコンに臨んだ扮装は「なんだなんだ、五四運動か?」(そんなツッコミ初めて聞いた)と言われる始末。このままでは客に逃げられる、崇拝する千指様のステージを失敗させるわけにはいかないとメガネ君が上着を脱ぎ、メガネを外すと

 まさかの「メガネを外したらイケメン」発動。ただのTシャツもイケメンが着てれば「ノームコア」ということか。
 その後も「君たちの楽器なんて数年後には博物館でしか見られなくなるさ」などと挑発する西洋音楽科と伝統音楽科が演奏バトルで決着・さらには廃科の危機と、古くは『フットルース』最近では『ラブライブ!』とか、音楽+学園モノの王道展開。最初は憎まれ役だった西洋音楽科が互いの実力を認めあって助力したり、野放図に見えたコスプレ四人組も家族や友達にはオタク趣味を理解されず苦しんでいたり…と言えば、連想される映画や漫画は、もっと多いだろう。
 そして個人的に一番グッと来たのが、演奏を終えて帰るバスの中、疲れ果ててうとうとしては窓ガラスに頭をぶつけるヒロインを見かねて

 (元)メガネ君が後ろの座席から手をのばし、彼女の側頭部が窓に当たらないよう、そっと支える場面。このせつない愛情が報われるかは…さすがに、それくらいは伏せておきましょうか。
 ほとんど完全にネタバレになってしまったけれど、敢えてそうしたのは、この映画、今回のようなフェス以外で劇場にかかる可能性は低そうだし、DVDや配信でリリースされる保証もないためだ。
 インド版ロミオとジュリエットの『銃弾の饗宴〜ラムとリーラ』、台湾の同性愛をめぐるコメディ『ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミー・トゥモロー?』など、映画祭以外の形では劇場公開されてない映画・DVD化や配信もされてない映画。自分はそれほど熱心(マニアック)な映画ファンではないから数も少ないが、こんなふうに面白かった作品を他のひとと分かち合う可能性が(ほぼ)ないのは、やはり悲しく淋しいことだ。
 あと、今回の上映には年齢層も比較的高めの、言うなれば上品な、もっと言うなれば作中でコスプレして演奏動画を撮影する娘を「理解できない」という親たちに近いかも知れない人たちが多かったため(そういう人たちも本作を観れば「分かる」側に近くなったと期待しますが)オタクのひとは機会あったら是非観てと言える誰かが言うべき→それって自分なのでは?と思った次第。
 こんな紹介では全然スポイル出来ないくらい、魅力にあふれた映画でした。機会があったら逃さないで。

立ちのぼる素馨の芳香〜高田大介『図書館の魔女』(2018.10.17)

 「すごく面白い小説」の決定版。ぜひ読むといい。

 さて、満を持して高田大介図書館の魔女』である。かねてより、伝道と呼びたくなる熱心な高評価を聞いていた長篇、よい機会と思い先月の東北18きっぷ行を利用して、文庫四巻を通読したのですが…
 すでに評判が気になってる人は、すぐ読んでいい。
 「図書館の」「魔女」というタイトルだけで「んんっ?」と猫耳がピンと立ってしまう人も、読んで間違いない。さらに「暗躍」「権謀術数」みたいな言葉に心が動くなら最適だ。世界の書物すべてを収めた図書館とか、選ばれた少女とか、大国の陰謀とか、武力のみならず知恵で渡り合うとか、この国で多く書かれ描かれてきた(自分もその末席を汚している)「そういう感じ」の物語の、いわば決定版が出たという印象を受けた。
 東洋風ファンタジイの、あるいは国産ファンタジイの、と言ってもいい。もっと言えば「すごく面白い小説」の決定版。いろんな小説や物語を読み、愉しみ、しかし、それらを「本当に読みたい理想の物語」の近似値として享受してきた誰もが「探していたのは、これだったかも知れない」と、少なくとも読んでいる間は思える。そんな小説が、今なら本屋でふつうに手に入るのだ。読むといい。ぜひ、読むといい。

 物語の舞台は東西の大陸の境界となる多島海、その要所に位置する都「一ノ谷」。
 王宮の外れに古色蒼然とそびえる高い塔、世の万巻の書物をあまねく収集し、うず高く積み上げるアーカイヴがある。
 統べるのは博覧強記と辛辣な毒舌をもって鳴る少女マツリカ。議会と軍部からそれぞれ派遣され、侍る司書は色白で物腰やわらかなハルカゼと、対照的に快活で男勝り・日焼けの似合いそうなキリン。そこに、書物とは縁の遠そうな山奥の邑から、マツリカ様の新たな従者となるべく選ばれた少年キリヒトが参じる…

 …大事なことを書き落としていた。自分の悪いクセなのだが、面白かった本や漫画・映画などを紹介するとき、(魚に例えるなら)その中心に一本・左右にうねって物語を駆動する背骨をつかむことに気が行ってしまい、その鱗の色彩やシルエット・魚体としての美しさを語ることを、二の次として忘れてしまいがちなのだ。『図書館の魔女』は、まずもって文章が美しい
 「決定版」かも、と思いたくなる由縁のひとつである。すばらしく文章の完成度が高い。情報が緻密に詰め込まれ、しかし饒舌ではない。話の運びもキビキビしていて、中だるみということがない。花やかで、滋味もシズル感もあり、場所によっては芳しささえ立ちのぼる。
 そう、柳田國男あたりを彷彿とさせる少年キリヒトの山暮らしの描写から始まり、そのキリヒトが山を離れ、高い塔に参内する冒頭。彼は植え込みの素馨をからませた門をくぐり、石段を進む。
花々はいずれももう枯れかかって緑が褐色に乾いていたけれども、まだかすかに爽やかな香りを漂わせていた。(中略)香りが頬に触れるようだ。
後になって今日のこの日を思いかえすとき、キリヒトがいっとう最初に思い出すのはいつでもこの香りだった。その生涯を通じて、キリヒトはこの香りを忘れることはなかった。どこで素馨の茂みとすれちがっても必ずそれと判った。どこで素馨の茂みとすれちがってもきっと彼女に初めて出会った日のことを思い出した
 香りは記憶を喚起するという。短い文章の中で、(どんな間柄であれ)彼が生涯を捧げる運命の相手と出逢うこと・それでいて二人が歩む旅路には別離の日もあることまでが、未来の記憶としてキリヒトの、肩越しにキリヒトを見守る読者の脳裏に刻みつけられる。
 そして素馨には「ジャスミン」と振り仮名が振られている。言うまでもなく、ジャスミンの別名は茉莉花(マツリカ)だ。数ページをめくれば、彼女はその名をキリヒトに明かすだろう。そしてマツリカもキリヒトの名を呼ぶ。読めば分かるが、キリヒトという「名」を、新たに与えなおす。マツリカの両腕として仕えてきたハルカゼとキリン、二人の側近が一瞬、少年に嫉妬を覚えるほど鮮やかに。
 「こういう感じの物語」においては、名前を明かす・名前を与えるということは、その相手の運命を支配する呪力をもつ。タイトルに敬意を表して「魔力」と言い直そうか。『図書館の魔女』では、この「名前の魔力」が幾度も力を発揮する背骨となる。
 高い塔、ロウソクの灯りの下で少年と少女が出会い、秘蹟のように名前が明かされ、名前が与えられる。指が触れ合う。ひそやかに素馨が香りたつ。官能と呼ぶにはプラトニックな、澄んでいるのに濃密な芳香が、ページという閉じた四角に立ちこめるよう。

 いやそれが、またたく間に、口の悪い少女と負けん気の強い少年、人のいい司書たちに言うたらドジっ子メイドさん(まあ「家刀自」と呼ばれてますが実質はドジっ子メイドさん)まで巻き込んだ、どつき漫才になろうとは
 くどいようだが、この小説には「そういう感じの物語」に求められる、おおよそ全てがある。バランスがよく、レベルも高い。
 「高い塔」のマツリカは万巻の書物の管理者というだけでなく、その博識と底意地の悪い策略で、隣国の脅威に対抗する官位なき外交官でもある。その全権を委任されたキリンが戦争回避を賭け、帝国との論戦に臨む場面では、電車の中で読んでるのに涙が出そうになり困った。そんなキリンの一本気さが笑いを誘う場面では、今度は電車の中で噴くのを胡麻化すので難儀した。
 「高い塔」の中心メンバーに馴染んだころ、マツリカ様の警護ということで兵士たちが数人加わり「やばいなー、これ個体識別できるのか」と不安になったのが、話の展開につれ次第に個性があきらかになっていくのが、キリヒトやマツリカたちの心情を追体験するようで面白い。そして狙われる身となったマツリカを標的に繰り広げられるアクションも、意外や本格的。兵士たちも加わっての終盤・黒幕の館での追撃戦は、ちょっとデジタルゲームの一人称視点シューティングを思い出すほどの緊迫感だった。
 本格ミステリに与えられるメフィスト賞の(ファンタジイなのに、なぜか)受賞作だけあって、最後にはミステリ的な種明かしもあり、それがさらに「名前の魔力」のモチーフに回収もされる。

 おそらくは、陰謀うずまく城内で秘剣がひらめく時代小説が好きな向きでも。麻薬王と潜入捜査官が丁々発止の駆け引きと銃弾の嵐をかいくぐるノワールが好きな向きでも。あるいはアニメやゲームに親しんだ向きでも(なんたって毒舌ヒロインと、ドジっ子メイドさんである)。どんなジャンルでもいい、「面白い話」が好きなんだという人には、自信をもって推奨できるマスターピースの誕生と言えるだろう。
 もちろん、「面白い話」ってのは感動したり、人生や世界について考えさせられたりもする、それでいてお説教と思わず夢中になって楽しめる、そんな話のことだぜという人にも。たぶん後悔はさせない。

マツリカ様・ハルカゼ・キリンの絵とか描きたかったけれど、熱烈なファンのおメガネに叶う気がしないので止めておくよ…個人的に金髪色白というかアルビノ・吸血鬼とすら異称されるハルカゼは(二十代後半なんだけど)ティルダ・スウィントンを脳内で配役してました。何があっても穏やかに微笑んでるハルカゼさんが「○って○○が○○○ないほうが良くないですか」と迂闊に口を滑らせたキリヒトに激怒の場面、分かる気がする!けど「さっぱり分からない」というキリヒトの気持ちも分かる気がする!でツボでした。
(c)舞村そうじ/RIMLAND 1809→  記事一覧(+検索)  ホーム