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何が社会を支えるか〜中谷宇吉郎『科学の方法』(14.12.04)

 地味なタイトルだなあと、あまり期待せず読み始めた「I駅の一夜」という一文が、思いのほかズシリと来る内容だった。著者は中谷宇吉郎。青空文庫で無料公開されている。早い人なら5分も要さないと思うので、ちょっと読んでみてほしい。1945年3月11日、東京大空襲の翌日に東北からその東京に帰ろうとして足留めを食った著者の体験談である。
中谷宇吉郎「I駅の一夜」青空文庫
(読んでみてほしいと書いたが、たぶん半分くらいのひとは現時点ではリンクを開いてもいないだろう。それは別によい。もう一度、後で促すので)

 「雪は天からの手紙である」という言葉が名高い中谷宇吉郎だが、岩波新書の青版で刊行された『科学の方法』は戦争中の日本国・日本人の非科学性への痛烈な批判で始まる。いわく、いよいよ戦局が押し詰まってきた時点でアメリカと日本、彼我の蔵する重油の量差を見ただけで、どちらが勝つかは明白だった。だが日本と日本人はその明白な事実に目を閉じ、精神主義にすがって自滅したと。

 …今年の夏、千葉県千葉市で起きた、ちょっとした騒動を覚えている人はいるだろうか。千葉市の公立小中学校の教室にはエアコンが設置されてない。いわゆる政令指定都市では千葉市だけのことで、改善してほしいという声が上がったのだ。
 その是非について、ここでは問わない。今の千葉市長は見識もあり、平明な言葉で自らの政見を説ける人物だと思うが(東京都議会で起きた性差別ヤジ問題に即しての発言など実に好かった)その彼が苛立ちを押し隠せない感じだった。当該の施策は費用に対し得られる効果が限定的で、同じ公立校の環境改善なら他に予算を優先配分すべきだというのが行政側の言い分で、市議会の各会派も多くはこれを支持した。
 だが(やはり、と言うべきだろうか)ひとり突出して精神論を説く会派があった。昔は学校にエアコンなど入っていなかった、我慢せよ、耐えられる精神を涵養すべきである…といった主旨のことを議事録に残る意見として示した政党が何処であるか言う必要もあるまい。今、国政で最大会派の与党を張っている党だ。
 それではいけないと中谷宇吉郎が強く諌めた、科学以前の状態に戻ってしまったのだ。そう思った。あるいは戦後70年、こうした心情(真情?信条?)は決して根絶されることなく、この国の社会の骨の髄に残存しつづけていたのかも知れないと。

 先ほど読んでいなかった人は、ここで青空文庫を開いてみてほしい。また、すでに読んで(ありがとう)「いかにも舞村が好きそうな、ちょっと好い話」かと思った人も、少し文章から受ける重みが変わるはずだ。
中谷宇吉郎「I駅の一夜」青空文庫(先のリンクと同内容です)
 東京大空襲の余波が盛岡にまで、というのは落とし損ねた爆弾を北に離脱しながら捨てて行ったのだろうか。この時の彼は戻るべき東京が灰燼と化していることを、まだ知らない。

 彼の師にあたる寺田寅彦(1878〜1935)が関東大震災の被害状況をつぶさに記録したように、「あの戦争」の記録者としての宇吉郎という視点で著作を読み直す時間を作ったほうが好い気がしてきた。個人的な宿題である。
 だがそれはそれとして、今この小さな物語がズシリと重く感じられるのは(たとえば20年前、この話はこれほど切実に思われたろうか)付記にいう「苦しい段階」が、新しく古い装いで見え隠れしているから、ではないか。
 著者は書く。「望みは棄てない」と。
 教養こそが社会を支えると、そう信じなければならないと、敗戦の虚脱と騒乱の中で彼は説いた。
 かつてと今では時代が違うかも知れない。けれど形こそ違え、この社会がふたたび苦難の時を迎えているとしたら。たぶん(どんなに短くとも、あと数年は)厳しい時代が続く。望みを棄ててはいけない。

追記:そして歴史的な酷暑が予想される2018年7月現在、千葉市の小学校にエアコンは未だ設置されていない。頑なに拒んでいるのは4年前と同じ市長。かつては「見識がある」と自分も評してしまったが、別件もあり、これは相当な難物と現在は思っている。(18.07.19)

今年、映画館で観た映画〜前編(14.12.27)

 数えてみたら20本ありました。大半がミニシアターの1000円デーや二本立て・三本立て・レイトショーで観たもの。ほとんどがすでにレンタルDVDなどで安価にお茶の間で観られると思います。どれも概ね面白かったので、年越し・冬休みのお供によろしければどうぞー。

『ハンナ・アーレント』
 (マルガレーテ・フォン・トロッタ監督、バルバラ・スコヴァ主演)
 公式サイト http://www.cetera.co.jp/h_arendt/
 すまん、体調がすぐれなかったため途中ほとんど寝てしまった。言いかえれば絵面も端正で落ち着いて観るのに好い映画だと思います。
 著書『イェルサレムのアイヒマン』で、(ユダヤ人にとっては凶悪非道の存在であってほしかった)ホロコースト責任者が小心で凡庸な官吏にすぎなかったとし、さらにユダヤ人コミュニティの中に同胞のアウシュビッツ行きに加担した者がいると指摘し、大バッシングを受けた思想家アーレント。逆風の中、彼女が若い学生に希望を託したスピーチが映画のクライマックスですが(そのへんは流石に起きてました)それで「私たちが間違っていた!アーレント、君こそ真に同胞を愛する者だ!」万歳万歳とはならず、彼女を理解しない者は理解しないまま、というのがリアルで逆に不思議な勇気が湧いた。
 ちなみに『イェルサレムのアイヒマン』は、ユダヤ人の中にも(自分の行為の深刻さを理解しないまま)ホロコーストに協力する者がいた反面、非ユダヤ人にも命がけでユダヤ人救出に献身した者があったことを指摘する部分も読みどころだと思います。告発ばかりでなく。

『アラビアのロレンス』
 (デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演)
 昨年ピーター・オトゥールが逝去し、それでリバイバルというわけでもないけど再上映があったので。
 大作ですが、長尺のほぼ前半くらい、延々と砂漠を往くロレンス・砂漠とロレンスの対話であり戦いである道行き、なのですね。すごいゆったりしたペース。それが不思議と退屈しない…のは美麗な画面を大スクリーンで観られる映画館のおかげかも。
 転じて後半は、登場人物が増えるにつれ逆に場面の切り替えが速くなり、「砂漠とロレンス」にあったように見えた清潔さがトントン拍子で失なわれ、穢されていく。その萌芽は前半の砂漠の道行きで、やむなく従者を死なせた処で芽生えていたのか。果たしてロレンスは(史実も含め)英雄だったのか。考えどころ。

『ブランカニエベス』
 (パブロ・ベルヘル監督、アンヘラ・モリーナ主演)
 公式サイト http://blancanieves-espacesarou.com/
 2012年のスペイン映画ですが、白黒にしてサイレント、内容も白雪姫×闘牛=名闘牛士を父にもつブランカ・ニエベス(白雪姫)が継母に追われ、父の跡を継いで男装闘牛士に…というカラクリ小箱のように刺激的な作品。ただし、暗黒のおもちゃ箱(フランコ政権を示唆しているかは不明)。林檎の猛毒注意+なにせサイレントですので、流し見・ながら見は不可能かと。ともあれ、悪い継母のバイタリティが目覚ましくて、そちらも見ものです。

『アナと雪の女王』
 (クリス・バック、 ジェニファー・リー監督、日本語吹き替え主演・松たか子・神田沙也加)
 なんだか「ありのままで」が予想以上にひとり歩きしてしまい、多くの場合「ありのままでを言い訳にするダメな人たち」みたいに否定的・揶揄的な文脈で使われてしまったけど、そうじゃないんだよ!そういう文脈じゃないんだよ!と分かりきったことでも繰り返しておきたい。観て楽しんでこそ、の作品だと思います。「レリゴー三匹」という駄洒落を先に思いつけなかったのは悔しかったなあ。

『アデル ブルーは熱い色』
 (アブデラティフ・ケシシュ監督、アデル・エグザルホプロス、レア・セドゥ主演)
 公式サイト http://adele-blue.com/
 観た直後の感想がこちらにございます(泣笑)。街並みや人並み、すごく絵的に美しい映画だった印象。
 原作はフランスのグラフィックノベル。こちらは結末が違うようで、そのうち読みたいと思ってます。

『たまこラブストーリー』
 (山田尚子監督、吹き替え主演・洲崎綾)
 公式サイト http://tamakolovestory.com/
 小学生の妹が主役の『あんこラブストーリー』、もしくは主人公の親友が主役の『みどりラブストーリー』でも好かったのよ…。
 このシリーズの、昔ながらの商店街の人びとを描きながら、何の説明もなく性別不詳の美人(声・小野大輔)がいたり、何気なく同性が好きで悶々とする子がいたりする「昔ながらを今のセンスで仕立て直す」感じが好きでした。わりと大事な仕事だと思うのです。

『新しき世界』
 (パク・フンジョン監督、イ・ジョンジェ主演)
 公式サイト http://www.atarashikisekai.ayapro.ne.jp/
 冒頭から最後まで、間然とするところがない。主人公のヤクザ二人の、ありえない(片方が潜入捜査官なので)義兄弟の絆で、BLファンを中心に熱狂させたバイオレントな傑作。この二人と、プラス敵対する若頭的ナンバー3、みんな冒頭はチャラい若造な感じなのが、トップの死で跡目争いが始まり深まっていく中で、どんどんふてぶてしく、どんどん酷薄に、すごみを増していく。この敵のほう(パク・ソンウン)が好きになっちゃうひとは『アナと雪の女王』のハンス王子も好きだと思う。逆もまた真。おじさん好きはチェ・ミンシク必見。これを大阪の「新世界劇場」で観たのは、ちょっと自慢です(今日の駄洒落ノルマ)。

『サプライズ』
 (アダム・ウィンガード監督、シャーニ・ヴィンソン主演)
 公式サイト http://surprise.asmik-ace.co.jp/
 両親の結婚35周年を機に、一家が集合した屋敷。そこに動物のマスクをかぶった不気味な一団が侵入し、殺戮が始まる…という初期設定だけ知っており
 なんか精神的いじめ・追い詰めに近い、イヤな作品を連想していたらそういう方向ではなかった
 これ以上はネタバレになるので言えません。紹介するひとを(紹介しようがなくて)困らせるという意味で『ゴーン・ガール』と並ぶ難ネタだったかも。なんつうか、一見の価値はあり。これが好かったひとには昨年の映画ですが『キャビン』なんかもオススメです。

『チョコレート・ドーナツ』
 (トラビス・ファイン監督、アラン・カミング主演)
 公式サイト http://bitters.co.jp/choco/
 70年代アメリカ。まだ同性愛者の権利が認められていなかった頃、一組の男同士のカップルが、ネグレクトされた児童を引き取り、守り、育てようとし、法律の壁と真正面からぶつかる。
 ゲイバーのリップシンク(口パク)芸人から自声の歌手デビューに賭けるアラン・カミングの歌が素晴らしい。最初は(優しいけど)頼りないボンボンだったのが、つられるように父性愛にも目覚め、ファイターになっていく相方(ギャレット・ディラハント)も素晴らしい。愛は責任と信頼であり、責任と信頼がひとを大きくする、そんな物語。是非。

『60万回のトライ』
 (朴思柔監督、ドキュメンタリー)
 公式サイト http://www.komapress.net/
 責任と苦難は人を大きくする。高校ラグビー界で、全国屈指の実力を有する大阪朝鮮学校ラグビー部。ごくふつうの男子高校生でもある彼らが、ものすごく(自分がとくに何も考えてないユル高校生だったせいもあるけど)しっかりした大人に見えるのは、全国級のチームでありプレイヤーである重みのためもあるのだろうけど。民族としてのアイデンティティ(夏休みに、在日の子どうしの仲間づくりに奔走したり)や、いわれのない差別が、彼らを否応なしに大人にしてるとしたら、あまりに悲しい。
 社会の歪みは、社会の皆で分担して引き受けなきゃいかんと思うのだ。(それを自発的に引き受けようとする人たちを今年はずいぶん見て、希望も持った。けどそれは別の話)。
 後半は明日にでも。

最近「本は原典を読まねば」などと肩肘はってますが、入門書・概説書も大事。かなり勉強になりました。

今年、映画館で観た映画〜後編(14.12.28)

 前編で挙げた『サプライズ』だけど、逆に誰だかの婚約者を(以下ネタバレにつき白抜き)アーノルド・シュワルツェネッガーやスティーヴン・セガールにして「実は私こう見えてすごく戦闘能力が高くて」「見れば分かる!見れば分かる!!」みたいなパロディも観てみたい。

『毒戦 ドラッグ・ウォー』
 (ジョニー・トー監督、ルイス・クー主演)
 公式サイト http://www.alcine-terran.com/drugwar/
 すみません全篇ほぼ寝てましたパート2。実は一日に三本とか無茶なスケジュールだったので、中身がどんなに息詰まるサスペンス&バイオレンスでも致し方なく。
 香港の監督が初の大陸での撮影、ゆえに様々な制約があったらしいけれど、(さすがに目覚めた)最後の銃撃戦は「どこが制約?」と思う半端なさ。
 そのうちキチンと観直します。約束です。

『MUD -マッド-』
 (ジェフ・ニコルズ監督、マシュー・マコノヒー主演)
 公式サイト http://www.mudmovie.net/
 夢を捨てきれず生きる謎の男と少年たちの友情、そして幻滅と成長。ウェルメイドなアメリカの「ひと夏の成長」モノ。11月のコミティアで出した新刊の中の「こんな映画を観てみたい(予告篇)」実はけっこう影響うけてます。

『ホドロフスキーのDUNE』
 (フランク・パビック監督、ドキュメンタリー)
 公式サイト http://www.uplink.co.jp/dune/
 『DUNE 砂の惑星』はデヴィッド・リンチ監督作品が(失敗作とも言われながらも)僕は好きで印象に残っているのだけれど、それより前、本来は『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』の鬼才ホドロフスキーが撮るはずだったという。デザインにギーガー、脚本ダン・オバノン、音楽にピンク・フロイドとマグマ(びっくりした!アトレイデス家がフロイドでハルコネンがマグマだって)、さらに出演ミック・ジャガー、オーソン・ウェルズ、サルバドール・ダリなどなど…まあ実現しようのない大風呂敷な気もするが、ホドロフスキーは本気だった。そしてその死産の跡から『エイリアン』や、その他その他が生まれる。
 なんつうか、ひとつの作品で世界すべてを語り尽くしたい−そんな途方もない夢を持ったことのある作り手なら、きっと観て勇気づけられる。なにせ世界どころか、宇宙を創造しようとしたのだ。

『リアリティのダンス』
 (アレハンドロ・ホドロフスキー監督、アレハンドロ・ホドロフスキー、アダン・ホドロフスキー主演)
 公式サイト http://www.uplink.co.jp/dance/
 そんなホドロフスキー監督85歳、23年ぶりの長篇は自伝というか、自らの父の半生を映画化したもの。といっても何処まで事実で何処まで想像か分からない。レーニンを思わせる風貌で家庭に君臨しながら迫害と裏切りのなか押し流され、変転する父。それを自分の息子に演じさせ、妻(監督自身にとっては母)との性交も、全裸にされての拷問も撮るホドロフスキー、最後はなんだか父に赦しを与えるホドロフスキー(でも演じてるのは息子)愛憎こんがらがってわけわからん!
 幻覚めいた想像力で描かれた中南米の20世紀史でもある。とくに監督の映画に何度も出てきた、手足の欠損したいわゆるフリークたちが、この作品では「工場で事故に遭った、近現代文明の被害者」という位置づけをされていたのが逆に衝撃でした。パワーあふれる、相当えぐいが一見に値する作品だと思います。

『ダバング 大胆不敵』
 (アビナウ・スィン・カシュヤップ監督、サルマーン・カーン主演)
 公式サイト http://www.u-picc.com/Dabangg/
 最初困惑したのだけれど、主人公の器が意外と小さい。義父や腹違いの弟に意地を張ったり、見初めた女性への求愛が強引で無神経だったり。そして気づいた。
 ボリウッドの主人公は最初さっそうと現れ、歌って踊って皆が歓声で迎えたりする。だから最初から完成されたヒーローだと思いがちなのだけど、当初は存外コドモなのではないか。それが親に反抗したり困らせたり、伴侶となる女性にたしなめられたりして、最後ようやく一人前になる。昨年日本でも大ヒットした『きっと、うまくいく』でも孤児の主人公と敵対する大学の学長の関係は擬似父子のようだったし、ボリウッド映画、実はファミリードラマの要素が芯にありそう。だから義父や弟と和解したうえで、あの「これで真に世帯主」と告知されるかのようなラストなのだろう。
 ちなみに自分が観た回は上映中も歓声あげ放題・踊り放題の「マサラ上映」。クラッカーを一個もらい「好きなところで鳴らしてください」コレで迷った。主人公が腕っぷしで悪者をぶっとばす処か、ヒロインに向かってキメキメのポーズでウインクする場面か。要所要所で他の皆がクラッカーを鳴らす間、絶好のタイミングを待って待って、クライマックス。なかなかイケメンの悪大将が「最後の決着をつけてやる!」と両腕に力を入れたら、マンガみたいにシャツがちぎれ飛び(本当です)たくましい筋肉の上半身がバーン!
 「ここだ!(敵だけど!)」とたまらずクラッカーをバーン!した裏切り者は自分です。30秒後、主人公のシャツもちぎれ飛び、モロ肌みせたのでタイミング的にはやや失敗だったかと。

『めぐり逢わせのお弁当』
 (リテーシュ・バトラ監督、イルファーン・カーン主演)
 公式サイト http://lunchbox-movie.jp/
 こちらは、踊らない歌わない戦わない、細やかな都会派映画。
 話の中心となる、自宅で家族が作ったお弁当を配達人が回収・職場に届けるシステムをはじめ、インドの現代社会ってこんななんだと浸れるのが、まず好い処。イギリスの植民地だった名残りとして、街頭で子どもたちが遊んでるのがクリケットぽかったのも見逃さなかった。
 物語も大人のほろ苦いラブストーリーで、決してハッピーとは言えない結末なのに、ペーソスというか、悲しさや同情も含めた幸福感が漂う。こういうタイプの作品を描く技量を、まだ自分は手にしてないと思った。いずれ手に入れられるだろうかと。
 ちなみにこの映画を観た帰り道、たまらなくカレー粉で料理が作りたくなりカレー粉を購入、ついに数十年自炊をしてきて初めて、市販のルウを使わないカレーに完全シフトしてしまった。偶然の出会いが人生を変えるのは、映画の中だけではないのだ。映画の中のラブな出会いとは、ずいぶん違うけど。

『怪しい彼女』
 (ファン・ドンヒョク監督、シム・ウンギョン主演)
 公式サイト http://ayakano-movie.com/
 敢えて言う。今年一番のダークホース。名画座で二本立ての同時上映『グランド・ブダペスト・ホテル』お目当てのついで程度のつもりが、完全に持って行かれた。
 70歳のおばあちゃんが突然ハタチの姿に戻って、売れないバンドをやってる孫息子に(正体を隠して)「歌は心で唄うんだよ!」「だったら自分で唄ってみろ」→それまでデスメタルだったバンドがゴスメイクのまま突然「ロスについたら手紙を書いてね〜♪」と放課後ティータイム化大ブレイク、そんな映画。
(そんな、いかにも自分が好きそうな…)
 中身70歳のハタチ娘を演じるシム・ウンギョン嬢、造作も挙動も往時の小林聡美嬢ソックリで、昭和なひとは「理想の大林宣彦作品」を幻視するはず。北村薫『スキップ』みたいなせつなさも垣間みせ、最後の最後のオチまで完璧な伏線回収。
 ファン・ドンヒョク監督の前作は、実際にあった少女強姦事件を題材にした衝撃作『トガニ 幼き瞳の告発』で(自分はそういうの本当に苦手なので申し訳ないけど観ることはないと思うが)厳しく正義感あふれる社会派が一転、痛快に笑わせホロリとさせる楽しい作品を撮った感。
 なお、公式サイトで開く予告は1:00あたりから相当まずいネタバレがあるので注意です。ぜひ先に本篇を。来年1月にはDVD/ブルーレイが出るはず。

『グランド・ブダペスト・ホテル』
 (ウェス・アンダーソン監督、レイフ・ファインズ主演)
 公式サイト http://www.foxmovies.jp/gbh/
 もちろん、こちらも面白かったです。実は「面白いらしい」という評判だけで観に行ったのだけど、観てよかった。『ブランカニエベス』は暗黒おもちゃ箱だったけど、(公式サイトの画像どおり)こちらは明るいピンクのおもちゃ箱。ちなみに「ピンク」には子供にはちょっと…な意味も含まれるのですが。
 すごい凝りまくったアングルに大道具小道具、大物だけど立役というより心憎い二の線ばかり揃えたキャスティング。柴田元幸さんの訳する小説が好きなひとは、きっとコレ大好きだと思う。というか、こういう世界観で名高い監督らしいですね。そのへん不勉強なので、これから少しずつ観ていきます…

『インターステラー』
 (クリストファー・ノーラン監督、マシュー・マコノヒー主演)
 公式サイト http://wwws.warnerbros.co.jp/interstellar/
 昨年の今ごろアルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』に感動して、今年はノーランが『インターステラー』。人類が宇宙に居を移す20世紀の未来図は実現不可能と分かっていても、一度はつかみかけた夢を忘れられない者にとっては、こういう映画は本当に贈り物。まだロードショー公開中の作品なのでネタバレは避けるけれど(うまく説明できる気もしない)、このレベルの物理ネタを「うんうん、来た来た!」と喜べるくらいの宇宙リテラシーを中学卒業くらいで持っていてほしいと思うのは望み過ぎか。環境荒廃で農作物があらかたやられ希望をなくした近未来、小学校で「アポロが月に行ったというのはウソ」と教えられている冒頭が何気にショックだったのだ。

『ゴーン・ガール』
 (デヴィッド・フィンチャー監督、ベン・アフレック主演)
 公式サイト http://www.foxmovies-jp.com/gone-girl/
 これは(前編で紹介した)『サプライズ』と同じくらい、内容紹介不可能な映画なので紹介割愛。
 すごいひどい話なんだけど「こんなひどい話も、作家は作っていいんだ!」と間違った勇気をもらった気がします←あんまりひどくて何か麻痺してる可能性もあるが…
 監督の今までの作品からして、もっとズドーンと落ち込むかと懸念してたけど、意外にそうでもなかったのは、登場人物にけっこう魅力的なキャラが多いのと、実はある意味コメディとして撮られた?少なくとも娯楽的に作られていることは確かなためかも知れません。
 同作の大ヒットを受けてか、『ドラゴン・タトゥーの女』が商業的に失敗して続篇はないと見られた『ミレニアム』二・三作目が制作再開されたという風聞もあり。あの映画の作り込みは素晴らしかったので、フィンチャー監督に続投してほしいけど、どうなんでしょうね。

 来年はこんなに映画を観に行けるかなーと思う一方、今年は美術展に行きそびれたので、そっちを何とかしたいとも思い。観逃した・見送った映画も多いので、それはレンタルDVDなり何なりに期待。そして創作にも少しずつ還元していけたらと思います。
(c)舞村そうじ/RIMLAND ←1501  1411→  記事一覧(+検索)  ホーム